ボス
特に危うげもなく、俺達はダンジョン二階層の終盤までやって来た。ゆっくり進んだので、所要時間は一時間半ほど。
セリーナは確かに戦闘には不慣れだが、後衛として魔法を打つくらいは問題なくこなしてくれた。度胸付けならもっとモンスターの近くに行くべきかもしれないけれど、万一でも怪我をしてほしくないので悩ましいところ。
地下に続く階段がある部屋、つまりはこの階層のボスのいる部屋の前で、俺はセリーナに振り返る。
「……この奥にボスがいる。倒してみるか? 一階層のボスでもそうだったけど、その階層での他のモンスターとはかなり違う強いやつが出てくる」
「……はい。やってみたいです」
「お? もうだいぶ慣れてきたな? ま、俺達ならまだ問題にならない敵だから、ここまではやってみるか」
ボス部屋の扉を押し開ける。そこには、通常であれば、
「……あれ、何もいない」
ボスは倒しても何度も沸いて出てくる。その仕組みなんてもう考えるのはやめたが、何もいないというのはおかしい。
「セリーナ。俺から離れるな」
「え? は、はい……」
異常があるというのは、ろくでもないことの前兆だ。
下層に通じる階段も露出しっぱなし。通常であれば、階段はボスを倒した後に出現する。
他の誰かがボスを倒した直後であればこういうこともある。今回も単純にそういうことなのか……。
「ん? あの階段、ちょっと違うな」
下層に下る階段は、普段ならむき出しの岩肌。しかし、今見えているのは、人工的に整えられたような滑らかさがある。
「……なんか、あったみたいだな。何が起きるかわからない。ここは引こう」
「あ、はい」
俺一人ならまだしも、今は初心者のセリーナがいる。ここは、危険を冒して探索を続ける場面ではない。
引き返そうとしたところで。
「あ、あれ? 扉が、ありません」
「え、マジか」
振り返れば、俺達が入ってきた扉が消失している。
「前に進むしかない、ってことね……。スラミ、分裂して、半分はセリーナの肩へ」
おう! と震えて、スラミが分裂、セリーナの肩に飛び乗る。
「仕方ないから、先に進む。もしかしたら……嫌なものを見る可能性もある。もし動けなくなっても、スラミを肌身離さず持っておいて。守ってくれるから」
「あ、えっと、はい……。な、何があるんでしょうか?」
「わからん。でも、おそらくは強いモンスターがいるだろうし、冒険者の死体が転がってる可能性もある」
「……わかりました。死体には多少耐性がありますから、大丈夫だと……」
「モンスターに食われた人間の死体は見たことある?」
「一度だけ」
「そう。なら、そこまで心配いらないかな。進もう」
慎重に、ゆっくりと階段を降りていく。元々ひんやりした空気だったのが、一層冷たく感じられる。また、階下からはもっと暗い雰囲気の何かの気配。
「……セリーナ、動ける?」
「……なんとか」
「何もしなくていいから、ついてきて。離れないで」
「はい……」
体感的にかなり長く感じる階段を降りきる。その先には小部屋があり、魔法陣の描かれた扉が一つ。
「行くよ」
「はい……」
扉を押し開く。
その先で。
「もう! なんなんだこいつは!」
「倒しても倒しても復活して、キリがない!」
魔法剣士らしき二人の女性が、モンスターと対峙していた。
一人は、白い秀麗な鎧に身を包んで、優美な装飾のついた剣を持つ金髪の美女。
もう一人は、簡易的な濃紺の鎧を着て、両手に細身の剣を持つ青髪の美少女。
その傍らには、死んでいるのか、気を失っているのか、桃色の髪をした少女が倒れている。ローブを着ていて、見た目は魔法使い。
そして、二人が対峙しているのは……体高八メートルほどの、黒い霧を纏ったドラゴンのような何か。見ただけで、それが非常に強いことはよくわかった。Aランク以上ではないだろうか。
「……はっ、う……」
背後で、セリーナが苦しげに呻く。敵の放つ圧倒的な圧力によって、呼吸が上手くできないのだろう。
「セリーナ。心配するな。大丈夫だから」
本当に大丈夫かは、正直わからない。それでも、セリーナを励ますために声をかける。
返事はない。その余裕はない様子。
そうしている間にも、二人が黒い竜に向かって剣を振るう。巧みな連携で翻弄し、あの黒い竜さえも圧倒しているのだが、首を切り落としてもすぐに再生し、死ぬ気配がない。核を破壊しないと半永久的に再生し続ける類いか。ドラゴンの形をしているが、本質はドラゴンではないと思われる。
あの二人は俺よりも強いだろう。しかし、それでも倒しきれない。俺にできることはあるだろうか。
「とりあえず、あの倒れてる子を助ける。待ってて」
「は、い……」
俺は駆け出し、十メートルほどの距離を即座に縮める。倒れている桃髪の少女の様子をうかがい……まだ死んではいないことを確認。ただ、腹に深い切り傷があり出血が酷く、時間の問題と思われた。
「ちっ」
少女を横抱きにし、戦線を離脱。セリーナのところへ連れていった。
「手当てを頼む。スラミに指示すれば、体にまとわりついて即時の止血くらいはできる。いけるか?」
「は、はい!」
「よし、任せた」
あとはセリーナに任せ、俺は黒い竜と対峙。
俺達に気づいているのかいないのか、魔法剣士二人は黒い竜の相手に専念し、炎や雷を纏う剣で何度も切り裂いている。首や手足が落ちてもすぐに再生。それを延々と繰り返す。
実力的に劣る俺が参戦しても邪魔になるだけ。あの硬そうな鱗に傷をつけることさえ難しいだろう。ならば。
「スラミ……中から破壊できるか?」
もちろん! やってやんよぉ! とスラミが威勢よく震える。
「よぉし。じゃあ、頼んだぞ!」
俺はスラミを鷲掴み。一欠片分だけは手元に残して、暴れまわる黒い竜の口に狙いを定め、投てき。
狙いたがわず、黒い竜が口を開いた瞬間に、スラミがすぽんと中に入り込んだ。
「入ったか?」
『入った! 胃の中! 熱いよ! 溶けちゃいそう!』
手元のスラミが伝えてくる。本当に溶けてしまうかもしれないが、スラミは一部を失っても問題ない。死ぬことはないので、溶けたらそのときはそのときだ。
「少し頑張ってくれ。核の場所はわかるか?」
『うーん……わかんない』
「じゃあ、内側から全部食い破れるか?」
『やったる!』
「よし、いけ!」
『りょうかい!』
そして、黒い竜に異変が見られる。縦横無尽に暴れまわっていたのに、急に動きが鈍る。魔法剣士二人も異変に気づき、隙をついて攻撃を繰り返す。達磨状態になってもなお再生するのにうんざりしているが、それでも攻撃を続ける。相手が攻撃してこないので、ひたすら切り刻む形だ。
それが三分ほど続き。
『核、見つけた! でも、ちょっと硬いよ! 食べるの時間かかる!』
「外に放り出せ! あとはあの二人がどうにかしてくれる、はず!」
『オッケー!』
スラミの返事と共に、黒い竜の体内から人間の頭部大の黒い結晶が放出される。黒い竜の体は途端に力を失って崩れ落ち、結晶がほの暗く輝いて鳴動。新しい体を作ろうとしている気配。
「はぁあああああああああ!」
金髪美女の方が、裂帛の気合と共に一閃。結晶を見事に両断した。
結晶が光を失い、ころりと地面に落ちた。
「よし! スラミ、よくやった!」
『えへへ。すごいでしょ! もっと褒めてぇ!』
スラミをなでなでしてやる。嬉しそうにふるふるするので、今日はたくさん撫で回してやった。また、黒い竜の体内に潜ったスラミの分身も回収し、再び合体させる。ちょっと縮んだな。
スラミはやっぱりとても有能だ。俺よりもよほど凄い実力を持っている。俺が使役してしまうことを申し訳なく思うくらいだが、スラミは俺と一緒にいたいと言ってくれるうえ、なんでも力になるとも言ってくれる。素晴らしい相棒だ。
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