ギルド少々

 薬屋から離れ、俺は冒険者ギルドへ。掲示板を見ながら軽く終わる依頼クエストものはないかと探していたら。


「お、まだ生きてるのか。意外としぶといなぁ」

「安全な仕事ばかりしてるからな」

「次に死ぬやつランクで常に上位なのに、なかなか死なねぇ」


 背後から二十代半ばの青年三人組が近づいてくる。剣士と槍使いと魔法使い。個人名は忘れたが、チーム名は紅蓮の刃レッド・ブレードだったか。

 素行が悪いのは有名だが、実力自体は高く、ランクはA。実力があるが故に他の者もあまり口出しできず、厄介者扱いされている。パッチオに続き、今日は面倒なやつとの遭遇率が高いな……。

 次に死ぬやつランキングもここでは有名な話で、この三人が主導となり、ガラの悪い連中と共にランキングをつけている。

 嫌われものではあるのだか、冒険者資格を剥奪されるような悪事は行わない。少なくとも人前では。そのせいでギルド側も注意以上のことができず、不快を撒き散らしながらのさばっている。


「……俺のことは忘れてください。死なない程度の難度のものを厳選してやってるんで、たぶんすぐには死にません」

「つまんねー生き方してんなぁ。もっと派手に一旗揚げようとは思わねーのか?」


 リーダー格である剣士が言う。無視してやりたいが、機嫌を損ねると変な絡み方をしてくるので、丁寧に相手をしてやる。


「……俺は安全第一なんで。細々と生きていければ十分ですよ」

「十分ねぇ。だが、女は欲しいんだろ? 最近、奴隷屋に入っていくのを見たってやつがいるぞ」

「まぁ、行きましたね。俺も男で、溜まるもんは溜まりますから」

「んで、買ったのがもう骨と皮の化物みたいな女だって? 金がねーからそんな粗悪品しか買えねーんだよ。もっといい女とやりてーとは思わねーのか?」


 ソラを侮辱する言葉にはイラッとくる。だが、ここは我慢だ。本気で戦えばこいつらには……まぁ勝てるとは思うのだが、勝てるからこそいちいち相手にする必要はない。


「……少しずつ太らせて、どうにかいい具合の体つきにしていきますよ」

「はっ。気の長いやつだ。明日生きてる保証もないくせに、何ヵ月も先のことを考えてるだなんてな。どうだ? たまには俺達と一緒にでかい仕事してみねーか? 危険だが、実入りはでかいぞ?」


 三人の青年がニヤニヤしている。これは、俺を囮だとか荷物持ちだとかにするつもりの顔つきだ。俺の頭が煩悩に支配されていれば心も動いたかもしれないが、ある程度の金はあるし、今はそこまで飢えてないので、冷静に対処。


「……悪いですけど、やっぱり自分の命が一番なので」

「ちっ。つまんねーやつだ。勝手にしな!」


 区切りがついたところで、俺は掲示板の前から引き下がる。三人がいなくなるまで待っておこう、と控えていると、受付の女性に呼ばれる。名前はエニタで、浅黒い肌と彫りの深い顔立ちに、ブラウンの長髪をした美人さんだ。たぶん二十代前半。


「ラウルさん、ちょっと……」

「はいはい」


 あえて呼ばれるときの要件は決まっている。俺はカウンターに歩みより、尋ねる。


「今日は何を優先してほしいの?」

「いつも申し訳ありません。面倒ごとを押し付ける形になってしまっていて……。これなんですが……」


 エニタが一枚の羊皮紙を差し出してくる。


「えっと……『殺戮蜂キラー・ビーの巣が近隣の森に出現。至急駆除を願う』ね。地味に面倒くさいから残るんだよなぁ」


 殺戮蜂は、体長十センチくらいの凶暴な蜂。一匹の危険度は高くないが、巣を作って大量発生すると脅威になる。剣士などの武闘派ではまず対処ができず、魔法使いが必要。巣は結構でかいので、高威力の魔法で一気に吹っ飛ばすのが有効だ。

 人によっては簡単な仕事であるのだが、依頼主があまりお金を持っていないことも多く、実入りは少ない。移動には時間がかかるし、実力のある者はわざわざ受けない。


「いいよ。俺、ちょっと行ってくる」


 行って帰ってきたら、セリーナとの約束にも丁度いい具合の時刻になっているだろう。


「ありがとうございます。いつも助かります」

「いーえー。俺はこういうのでコツコツ稼いで生き延びてるんで」

「……帰りを待つ者からすれば、それが安心ですね」

「だろーね」


 それに、と、エニタが声を潜めて言う。


「安易な挑発に乗らない、というのも大切ですよね。男性は特に、何かと張り合ってしまうようですし。勝たなくて良い勝負には固執しないというのは、良いことだと思いますよ」

「まーな。余計な争いはしないのが一番だ」

「そうですね」


 受付作業をしながら、エニタがふと尋ねてくる。


「そう言えば、奴隷をお買い求めになったとか?」

「え? あ、ああ、うん。あいつらの話、聞こえた?」


 別に隠しているわけではないからいいのだけれど、色んな人から指摘されると妙に気恥ずかしさがある。


「ええ、少し。……どのような女性なのですか?」

「うん? 気になる?」

「あ、いえ、やっぱりなんでもありません。プライベートな話をしてしまって申し訳ありません」


 エニタが僅かに顔を赤らめる。

 受付嬢なんて、冒険者に対し個別には関心を持たないものだと思っていた。プライベートの話をしてくるなんて珍しい。


「まぁ、別にいいけどさ。それじゃ、一仕事してくるよ」

「はい。いってらっしゃいませ。無事を祈ります。……本当に、無事で帰ってきてくださいね?」

「おう。任せろ。ピンピンして帰ってくるぜ」

「あんまり元気すぎるのも考えものですね。もう少し頑張ってもいいかもしれません」


 エニタがコロコロと笑う。いい笑顔だね、なんて気安く言えるほど女馴れはしていない。


「ほどほどに頑張るよ」

「はい。今度こそ、いってらっしゃいませ」


 エニタに見送られ、俺はギルドを後にする。あの三人組はまだ掲示板を見ながら、どれも報酬が安すぎるだのなんだの揉めていたが、俺には関係ないので無視。

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