迷惑な客

「おい、店主代理。昨日買った薬を使ったら具合が悪くなったぞ。こりゃどういうことだ? この店は毒を薬と偽って売ってんのか?」


 野太い声で、威圧するように男が言い放つ。振り返れば、出入り口に筋肉質な体格のおっさんが一人。悪人面を歪めてさらに凶悪にしている。簡素ではあるが鎧を着ていて、腰にはロングソードが一本。冒険者ギルドで見た覚えがあるが、名前は確かパッチオだったか。冒険者ランクはC。冒険者なんて素行の悪いやつばっかりだが、パッチオはその中でも特にそう。なるべく関わりたくない男だ。


「お渡しした薬はお持ちですか? 念のため、間違いがなかったか確認させていただきたいのですが」

「そんなもん、全部飲んじまったよ!」

「……ああ、そういうことですか。酒の飲み過ぎに効く薬にも効果には限界があります。無闇に大量に薬を飲めば治るというわけではありません。また、薬と毒は全く別物ではなく、薬も使用法を間違えれば毒になります。用法用量は守ってください」

「はぁ? ごちゃごちゃ言うんじゃねぇ。薬が効かなかったって言ってんだよ。効かないだけじゃなく、毒を盛られたんだぞ? どうしてくれる!?」


 見た感じ、セリーナの方が正しいのだろう。パッチオは理不尽なクレーマーだ。どの世界にもこんなやつはいるもんなんだな。


「……わたくしの処方は間違っていません。事前にご説明もいたしました。お引き取りください」

「おい! それが被害者に対する態度か!? こっちは殺されかけたんだぞ!?」


 パッチオの怒鳴り声が響く。あまりに声が大きいので、店の外にも聞こえているだろう。はっきり言って営業妨害だ。


「……あの薬で死ぬことはありません」

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ! 素直に謝罪したらどうだ!?」

「謝罪する理由などありません」

「はぁ!? ふざけんな! 店主代理やっちゃいるが、ものの道理のわからねぇやつだな! ぶっとばすぞ!?」


 あからさまに脅迫しているし、謝罪しろというのはつまり金を寄越せと暗に言っているのだろう。

 日本だったら、こんな悪質なクレームは逆にクレームを言う側が処罰されるだろう。しかし、こっちではまだそこまで法もきっちりしていない。本当に迷惑な話だ。

 パッチオの脅しに、しかしセリーナは引かない。


「お引き取りください」


 冷静にそう告げられるのが、本当に素敵だと思う。

 ただ……その手が、静かに震えていた。

 そりゃ、怖いよね。まだ十七歳で、おそらく命がけでモンスターと戦ったこともないだろう。命張って戦う三十歳前後のおっさんに怒鳴られれば、辛いはずだ。

 お店とお客のことだし、俺は口を出さない方がいいのかもと思いもしたけれど、見過ごせる雰囲気ではないな。

 俺は二人の間に割って入り、パッチオと向き合う。


「あのさ、パッチオさん」

「邪魔だ! 引っ込んでろ!」

「いやー、そういうわけにもいかないかな」

「失せろって言ってんだよ! 痛い目見ねぇとわかんねぇか!?」

「……そだねー」

「だったら死んどけ!」


 パッチオが俺の顔面に殴りかかってくる。当たったら痛そうだが……肩に乗っていたスラミが割って入って、拳をふにゅんと柔らかく包み込む。勢いは殺せず、俺の頭にスライムパンチが当たるが、ダメージは極小。スラミが吸収してくれているのだ。


「な、なんだこいつ!?」

「俺の相棒のスライム、スラミだ」

「なんだこれ、気持ち悪っ!」


 パッチオがスラミを引き離そうと手を振り回す。が、スラミは簡単には離れない。っていうか、気持ち悪いとか言うな。俺の相棒だぞ。


「パッチオさん。ここは引きなよ。そして、もう二度とここには来るな。約束してくれるなら、これ以上は何もしない」

「はぁ!? 偉そうに! よく見たら、お前、万年Cランクの『スライムマスター』じゃねぇか! 俺に勝てると思ってんのか!?」

「……そういうあんたこそ、万年Cランクの、酒飲まれパッチオじゃねぇか。お互い様だろ」


  俺の一言が癇に障ったのか、パッチオの顔が真っ赤になる。


「うるせぇ!」


 パッチオが、スラミが張り付いていない左手で俺に殴りかかる。今回はスラミのサポートもないので、仕方なく……その小指辺りを狙って思いきり頭突きした。


「ぐおぁ!?」

「痛っ!」


 パッチオはこの抵抗が予想外だったのか、指を痛めた様子。俺は頭が揺れたし痛いけれど、これくらいなら特に問題なし。こっちでは、モンスターと戦っていると体が丈夫になるのである。パッチオもそうだろうが、繊細な指の方が、俺の頭よりダメージが大きい。あ、でも頭から血が……。目の上辺りが切れている。俺も結構ダメージあるな。

 けど、こういうのは、痛み分けというのがいいだろうと思う。一方的に勝ってしまうと、パッチオが次に何をしでかすかわからない。逆上して、いきなりこの店を放火とかしたら最悪だ。俺に付きまとうようになって、ソラに危険が及ぶのもよくない。


「……まだ続ける?」


 左手を押さえているパッチオに問う。パッチオは悔しそうに顔を歪めるが、痛みが勝ったか、これ以上は何も言わずに店を出ていった。スラミがぽてんと床に落ちて、俺のところに戻ってくる。


「はぁー……よかった。おとなしく帰ってくれた」

「よくないですよ! 頭、血が出てますよ!」

「平気平気。これくらいすぐ治るし」

「だからって……。ちょっと見せてください」


 セリーナが傷薬ポーションを取ってきて、俺の傷に塗る。軽い傷なのですぐに治癒し、出血も止まった。こっちの薬って本当に便利だ。もっとも、こういうすぐに治る系の薬は少々値が張るのだけれど。


「ありがとう。助かる」

「いえ……わたくしが不甲斐ないせいで、ご迷惑を……」

「いやいや、セリーナさんはよくやってるじゃない。あんな厳ついおっさんに怒鳴られたら、普通の女の子なら泣いちゃうよ? 毅然と言い返すなんてすごいじゃんか」


 そう言うと、セリーナの目に涙が浮かぶ。それは間もなく頬を伝って落ちた。セリーナが急ぎ涙を拭う。


「お、おお?」

「……申し訳ありません。少し、気が緩みました。わたくし……店主代理として働いていますが、本当は少し不安もありまして……。薬屋としての実力はあると自負しています。しかし、やはり人を相手にする仕事は、それだけでは足りないのも事実……。

 相手が本当に必要としているのがなんなのかとか、ただ薬を与えるだけではいけないのだとか、まだわからないことも多くて……。わたくしでは、とても重要な「安心」を与えることも難しい……。情けないと、思ってはいます。でも、すぐに改善できるものでもなくて……。

 この店を守らなければならないとも思いますが、よいお客様ばかりでもありません。今のは……とても、怖かったです」

「……仕方ないさ。相手はモンスター相手に命張って戦ってる冒険者。迫力は一般のやつとは違う。あの剣幕で一般人を脅すなんて、それだけで犯罪行為だよ。

 セリーナさんは、モンスターと戦ったことあるの?」

「何度か。でも、相手は格下です。命の危険を感じるモンスターとは戦いません」

「それが普通だよ。俺も危険なやつとは戦わない。とにかく、セリーナさんはよくやってるし、俺はすごく頼りにしてる。セリーナさんに任せれば、ソラはきっと大丈夫だと思ってる。少なくとも、俺はセリーナさんから「安心」を貰ってるよ」

「そう、ですか……」


 セリーナが微笑む。目尻にはほんのりと涙が乗って、キラキラした瞳が一層魅力的だった。


「これからも、俺達を頼むよ。もう、俺は他の誰かを頼るつもりもないんだから」

「はい。お任せください!」


 セリーナが威勢良く返事をしてくれて、俺は一安心。どうやら落ち着いてくれたらしい。

 一段落したところで、俺は店を出ようとする。


「なんかあったら呼んでよ。俺も冒険者だから、多少の喧嘩くらいはできるしさ。セリーナさんを困らせるやつは俺とスラミが追っ払うよ」

「……はい。ありがとうございます。頼もしいです」

「それじゃ、またあとで」

「はい。お待ちしています」


 セリーナの笑顔が、いつもより明るく、親しげに見える。それに満足しつつ、俺は薬屋を後にした。

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