おしゃべり

 ソラが家にやって来てから、五日が過ぎた。ソラは僅かに回復の兆しを見せていて、少量だが通常の食事に手をつけてくれるようになった。まだ口数は少なく、話しかけても返事は薄いが、拒絶されてる感じはないので順調なんだと思いたい。

 また、俺が冒険者として仕事をしているとき、スラミBがソラの傍にいるわけだが、ソラはスラミBに関心を示すようになったらしい。軽く話しかけたり、ぷにぷにとつついたり。もしや、俺よりもスラミにより打ち解けてくれているのではないかとさえ思う。人間よりもペットに心を開く感じだろうか。

 さておき。

 午前中のまだ早い時刻。ここのところほぼ毎日顔を出す、セリーナ店主代理の薬屋へ向かう。

 セリーナにはよく世話になっていて、ソラとの接し方などについてよくアドバイスをもらう。また、セリーナはソラと直接話すために俺の家に来てくれたこともある。ただ、セリーナとソラの会話も特に弾むことなく、淡々としていた。

 なお、セリーナは頼りにされたい性格とでもいうのか、色々と頼みごとをすると喜んで引き受けてくれる。無報酬ということはもちろんないが、いてくれて本当に助かる存在だ。

 ほぼ日課としてお店を訪れ、ソラのことを話して終わることが多いが、今日はちょっと別の話もある。


「いらっしゃいませ。ああ、ラウルさん」


 薬屋のドアを開けると、今日は別の客がいた。二十代半ばくらいの女性で、何かを購入して出ていった。接客が落ち着いたところで、改めてセリーナがこちらを向く。


「ソラさんの調子はいかがです?」

「悪くはない、かな? ま、そんなに変わんない感じ」

「そうでしょうね。まだ時間はかかるでしょう」

「代わり映えのない報告で悪いね」

「いいえ。そんなことはありません。ところで、今日は何かお買い求めで?」

「買い物はとりあえずいいや。ただ、ソラのこととは別件で、ちょっと話が。こんな相談をしていいものか迷うし、軽いアドバイスだけでいいんだけど……」


 俺は、試作した男性用避妊具のサンプルをセリーナに提示する。セリーナは一瞬きょとんとし、それから、これがなんであるかに思い至ったのか、顔を赤らめる。大変なセクハラをしている気がするのだが、どうか許してほしい。真面目な話なのだ。


「……形状から用途は察します。何故わたくしにそれを?」

「他に相談できる相手がいなくてさ……。ちなみに、これはスライムの体の一部でできてる。薄いのに丈夫で、一人でしてる感じだと使用感がほとんどない。漏れることもない。結構いい具合に仕上がってるんじゃないかとは思う。だけど、俺には実践する相手がいないから、本当のところは確かめようがない。どうにかして、ちゃんと使えるか確認したいんだけど……」


 実際に俺が使うときになってから確認すればいいかもしれないが、せっかく作ったのでやはり性能が気になる。


「……そう言われましても、わたくしにも相手はおりませんが。……わたくしで試させてくれ、と?」


 セリーナの目付きが鋭くなる。俺は首を横に振った。


「違う違う。ただ、セリーナさんなら、こういうのを求めてる人を知ってるんじゃないかと思って。知り合いにいない?」

「……わたくしも、この町に来て日が浅いのであまり知り合いはおりませんが……強いて言えば、エミリアでしょうか。商人をしている女性で、確か恋人もいたはず。使う機会もあることでしょう」

「その人に、これを渡してみてくれない?」

「わたくしがですか? 流石に少々恥ずかしいですよ? それより……一緒に行ってみますか? 直接話した方が話が早いでしょう」

「いいの? 話を通してくれれば勝手に行くけど?」

「いえ……わたくしも、正直興味はあります。このお店にも、堕胎の薬を求めてくる者は少なくありません。しかし、堕胎の薬は高価ですし、人体にも負担が大きいのです。そういう薬に頼らずにいられる方法があるのでしたら、それを広めたいです。販売するとなればまた色々と考えることもあるでしょうが、これの性能は気になります」

「なるほど……。なら、頼もうかな」

「わかりました。お店が終わって、夕方に伺いますので、お待ちいただけますか?」

「わかった」

「それでは、後ほど。それにしても……」


 セリーナが避妊具と俺の股間を一瞬だけチラ見。頬を桃色に染め、呟く。


「意外と、大きいものなのですね……。そこまでには見えませんが……。歩くのに支障はないですか?」


 セリーナが何を言っているのか、俺は一瞬わからなかった。そして、セリーナがとんでもない勘違いをしているらしいことに気づき、慌てて手を振りつつ否定。


「お、俺のは普段からこんなじゃないよ!? これは大きくなったときのサイズに合わせてるだけだからね!? いつもはもっと小さいから!」


 セリーナも己の勘違いに気づいたらしい。はっとして赤面。耳まで赤い。

 こっちの人は、未経験だと性的なものにやや疎いのかもしれない。ネットもない、テレビもない、漫画もない。それでは、知識と実感が乖離するのも無理はないのかもしれない。


「あ、ああ、なるほど! 男性のは膨らむんですものね! いえ、わ、わたくしも、普段の状態のものは見たことがあるのですが、そのときのものは知識でしか知らず……。とんちんかんなことを……」


 慌てるセリーナを見ていると俺までとても恥ずかしい。二人して赤面しながらあたふたすることしばし。


「……失礼しました。経験不足から醜態をさらしてしまいましたね」

「いやいや、醜態って言うか、眼福って言うか」

「眼福とはなんですか。わたくしが慌てているのがそんなに面白いですか?」

「そうじゃないけどある意味そうかも……」

「もう。どういう意味ですか?」

「えっとー……」


 俺が言葉に迷っていると、出入り口のドアが開く。


「あ、いらっしゃ……」


 セリーナが声をかけようとして、途中で止まる。そして、俺の背後を見て顔をしかめた。

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