途中経過と、散歩

 それから、まずは一万個の避妊具を生産し、エミリアに分割で納品した。これがまたそれなりの金額になったのだが、エミリアは快く買い占めた。

 その後の商売については、主にエミリアに任せきりになった。

 エミリアはまず、お店にやってくるご婦人方に試供品として避妊具を配った。それを使用してみた夫婦から、これは良い、という噂が瞬く間に広がって、避妊具を買い求める人が十日程度のうちに一気に増えた。本業の野菜や果物よりも避妊具を求める人が大量に押し寄せ、エミリアとサラーの二人では手が回らなくなり、俺と人型になったスラミも一時的に販売を手助けした。

 また、エミリアは別口で娼館へ避妊具を持っていき、大量に売りさばいた。まずは試供品の配布から始まったのだが、その後には大量の注文が入った。避妊効果があり、性病の予防にもなるので、娼婦からは絶大な支持を得られたのだ。

 娼婦にとっては、妊娠と性病が悩みの種。生産者の俺は、命の恩人とまで呼ばれることがあった。おおげさな、とも思ってしまうが、実際に病気で死ぬ者もいるので、あながち間違いでもない。 

 一万個もすぐに売れ、さらに増産して一万個作ってもあっさり売りきれる。町の人にももちろん売れるのだが、近隣の町の業者が買っていくこともあり、とにかく売れた。業者との取引では細かな契約が結ばれているようだが、そこはエミリアにお任せ。

 そして、避妊具を売り初めてから一ヶ月。避妊具だけで四万個近くが売れて、俺としては八千ルクほどの売上になった。日本円だと百万円くらい。原価になるのはスラミの食事代くらいで、月に五百ルクほど。

 また、スラミは他のスライムを取り込んで大きくなる性質もあるため、スライム狩りをすることも増えた。ただ、それでもお金も労力もたいしたことはなく、利益が七千ルク以上。最終的に税金で利益の三割は持っていかれるというが、純利益は相当なもの。日本円で考えて、最初の一ヶ月だけでも六十万円ほどだ。俺が冒険者として稼ぐのは月に三十万円ほどだから、濡れ手で粟状態で通常の倍近い稼ぎになるわけか。

 なんだろう、頑張って冒険者やっているのが少々馬鹿らしくなる。

 今の状態でも俺としては相当な稼ぎたが、エミリアはまだまだ売上は伸びると予想している。国全土に販路を広げてもよい商品なので、遠くないうちに月に一千万個を越える販売も夢ではないという。ちょっとイメージが沸かない売上金額だ。

 いずれは競合も出て来るだろうという話なのだが、同じ品質のものが作られるのは一年以上は先だろうとエミリアは言う。スラミは案外簡単に避妊具を作ってしまうけれど、魔法で再現するのは非常に難しいらしい。作るだけならまだしも、大量生産が可能になるのはまだまだ先の話。


「スラミが誘拐されないように注意しておけ。莫大な利益になるとわかれば、手段を選ばない者も出てくるだろう。傍から見ればスライムなんて全部一緒だし、どうせわからないと思って、誘拐したスラミを自分の使役するモンスターだと主張するかもしれない」


 エミリアがそんな警告までしてきたので怖くなり、スラミを肌身離さずいようと誓った。要は今まで通りなんだけど。それに、スラミは自分で戦えるので、放っておいてもあまり問題はないのだけど。

 ともあれ、商売については順調。俺にはほとんどすることはなく、エミリアの指示通りにやっていれば大金が手に入る状況となった。

 そんな日々が続いていたある日、ソラにちょっとした変化が訪れた。

 その日、セリーナは朝から仕事に行ったのだが、俺とスラミは前日の依頼クエストの都合で夜遅くなったので昼まで寝ていた。

 ソファで目を覚ましたら、ソラが俺の顔を覗き込んでいてびっくりした。一方、ソラは全く動揺を見せず、冷ややかに俺を見ていた。動揺しつつも、寝起きの挨拶。


「……お、おはよう?」

「もう昼だけど」

「ちっと寝過ごしちまったな」

「昨日は大変だったんでしょ。夜中に畑を荒らす猪の退治」

「まーなー。敵は強くないんだが、じっと待ってるのが大変だった」

「スラミといちゃいちゃしてたんじゃないの?」

「そういうのはまだしてないんだ。しばらくはセリーナだけとするって約束だ」

「どうだか」

「本当だってー。ってか、そんなに俺を見つめてどうした? 俺とキスでもしたいのか?」


 物凄く嫌そうな顔をされた。娘に軽い冗談を言ったつもりが、酷く嫌悪されるパパの心境である。イメージだけど。


「やっぱりやめとこうかな……」

「待て待て。俺が悪かった。どうした?」

 

 ソラはジト目で俺を見つつしばし迷った後、ようやく口を開いた。


「……ラウルに、お願いがある」

「おお? なんでもいいぞ。何して欲しい?」

「……久しぶりに外に出たい。散歩に付き合って」


 ソラの言葉に、俺は内心で快哉を叫ぶ。俺の家に来てから、ソラは一切外に出なかった。どんな思いがあるかまではわからないが、とにかく嫌がるので家の中だけで生活させていた。

 それが、もう外に出る気になったのだ。一年くらいは室内生活するんじゃないかと思っていたけれど、ソラは思っていたよりも強い子だったということか。


「いいぞ! どこまででも付き合う!」

「……近くをうろつくだけ。歩き回る体力はない」

「そかそか、とにかく行こう」

「……うん。あと、服を貸して。顔を隠せるやつがいい」

「いいぞ。フード着きの外套コートとマフラーを貸すよ」

「……ありがとう」


 ソラが元気を取り戻しつつある。俺からは積極的に何かをして来たわけではなく、ソラがゆっくり休める環境を整えてていた程度。それが正解だったのかは不明。とにかく、本当に喜ばしいことだ。


「ちなみに、どこに行きたい?」

「……どこでも。近所で。強いて言えば、セリーナとエミリアのお店とか、冒険者ギルドとか。少し、覗いてみたい」

「わかった。行こう」


 寝起きではあったが、そんなのことはどうでもいい。ご飯もどうでもいい、と思っていたら、それくらい食べていけと言われたのでそうする。

 とにかく、ソラと初のお出かけだ。嬉しいね。

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