契約
「合格だ。これなら問題なく使えるし、売れること間違いなしだ」
上気した顔のまま戻ってきたエミリアが、どこか勇ましくニヤリと笑う。エロいんだかかっこいいんだかはっきりしてくれ。
俺達は俺達でひっそりとお楽しみだったので、少々乱れているところがある。欲求に身を任せてしまったが、冷静になると恥ずかしいな。サラーが真面目に働いている隣でなにやってんだか、とも思う。何かの拍子に戸が開いていたら大惨事でもあったので、今思うと自重すべきたったかもしれない。
「とりあえず、一万個ほど欲しい。いつまでにできる?」
「作成だけに集中して一日三千個ペースかな。分割納品でも良ければ明日の朝にでも千個とか持ってくるよ」
「それでいい。流石にまだ一日で一万はさばけない」
「ならそうするけど、でも、一万も売れる?」
「売れる。それに、無料配布するものもある。まずは、新しい避妊具ができたことを周知しないといけないからな」
「なるほど……」
「それはそうと、ラウルのこれも売っていいか? たぶんそこそこ売れるぞ? 欲求不満なご婦人はたくさんいるからな」
「……流石に俺のはやめてくれ。恥ずかしすぎる」
「そうか。なら、また今度。じゃあ、とりあえず私がもらっていいか? セリーナ、どうだ?」
「……返してください。わたくしのです」
「ほぅ、意外と独占欲が強いのだな」
「多少はありますよ。ラウルを束縛したいとまでは思っていませんが」
「束縛しないのなら、ラウル、今夜私の部屋に来ないか?」
「それもダメです。……今はまだ、わたくしだけのラウルでいてほしいです。……ラウル、ダメですか?」
セリーナの不安げな瞳が可憐すぎる。ここでダメと言えるわけがない。
「……ダメじゃないさ。セリーナと一緒にいるよ」
「ありがとうございます。ただ……将来的には、わたくしも独占欲とは折り合いをつけて参りますので、少し待ってください」
「……っていうか、本当はセリーナだけとするのがいいんだよな」
「それは期待していません。男性は色んな女性に興味を持ってしまうものだと理解しています」
きっぱり言われて、俺も返事に窮する。倫理とかセリーナの気持ちを考えなければ、色んな女と交わりたいのが男心ではある。それを理解しているのか、単に我慢しているのか……。我慢しているんだろうなぁ。
「ただし、先ほども申しましたが、誰とでも自由にしていいとまでは思っていません。するときには、事前にわたくしに知らせてください。また、する相手はきちんとした関係を築いた者でお願いします。いきずりの相手だとか、なんとなく成り行きでそのままというのは嫌です」
「まぁ、セリーナがそう言うならそうするけど……」
どういう基準なんだろう? 他の人になびくなという方がわかりやすいが、自分の認めた相手ならば良い、ということか。
俺の疑問に答えるように、エミリアが補足。
「セリーナは正妻希望ということかな? 側室がいてもいいが、あくまで自分が一番、と。よくわからん変な女と知らないうちに関係を持つのは、自分達の絆が軽んじられているように感じるし、その変な女に自分が負けていると思わされるから嫌」
「……まぁ、そんなところでしょうか。とにかく、ラウルは誰彼構わず女を求めるのは止めてください。性欲の発散ならわたくしが付き合いますので、一人の女性として好意を抱いた相手とだけ、責任のある関係を持ってください」
「……うん。わかった」
まだセリーナの基準は理解しきれていないとは思うが、追々わかってくるだろう。発言が献身的過ぎて泣けるし、裏切ってはいけないな。
思案する俺に、エミリアがニヤニヤしながら言う。
「恋人ができれば多少の束縛は付き物だが、セリーナのはかなり緩い方だ。これくらいちゃんと守ってくれよ? セリーナは私の友人でもある。裏切るなら私も黙ってはいない。……流れで言うと私が裏切らせる筆頭のようでもあるが、それはさておきだ。私とて、セリーナが嫌がるなら強引な真似はしない」
二人の視線が俺に集まる。裏切るつもりは毛頭ないが、女二人に見つめられると恐ろしく感じるものである。
「だ、大丈夫だよ。俺はセリーナを裏切らない」
「ならいい。ま、セリーナはいずれ私とラウルが寝ることも許してくれそうだから、楽しみにしているよ」
「っていうか、エミリアって俺のことどう思ってるの?」
「よき友人になれるのではないかと思っている。いいじゃないか、友人という関係で寝たって」
「……まーねー」
エッチもする友達、という感覚かな? セフレに近い?
こっちの恋愛観はまだわからないことばかりだな。ろくに他人と付き合ってこなかったから、常識にもやや疎い。まぁ、セリーナは特殊な部類だと思うが。
「女だって性欲を発散させたいときくらいあるんだ。たまには付き合え。
でも、今はお預けにしておこう。我慢していた方が本番が燃えるしな? ラウルも、セリーナとの初めては最高だったろう?」
「……それは、うん。もう、この日のために生まれてきたんだと本気で思ったよ」
「あはは。いいね、そういう素直な男は好きさ。セリーナも、初めての相手がこいつで良かったじゃないか。この先、一生、セリーナの中で甘い思い出として残り続けるぞ?」
「あまりからかわないでください。それはもちろん、わたくしとしても、初めてがラウルとで良かったと心底思っています。でも、からかわれると恥ずかしいです。思い出は綺麗なままで残させてください」
「そーかそーか。なら、これ以上は止めておこう。それより、商談が終わってなかったな。契約書と金を用意してくる。少し待ってくれ」
エミリアが席を立ち、契約書と二万ルクを持ってくる。この国では貨幣は金貨や銀貨がメインで、二万ルクは大型の金貨二枚だ。
「本当に契約料でそんなにくれるんだな」
「当然だ。ただし、専売契約を反古にすれば、これ以上の違約金をもらう。いいな?」
「わかった。ま、反古にはしないからなんでもいいよ。好きにしてくれ」
「……あまり軽い態度ではいてほしくないな。これは契約だし、商売だ。冒険者が商売に疎いのも仕方ないし、商売など安全な場所でやっている遊戯程度に映っているかもしれない。が、私は真剣だし、命がけだ。商売だって、失敗すれば借金まみれで立ち行かなくなる可能性はあるんだからな。
私は、私と同じ目線で戦える相手と商売がしたい。ラウルに、それを期待してはいけないか?」
エミリアの目付きに獰猛ささえ感じる。普段は緩い雰囲気も見せるが、商売に対しては真剣。
少し、誤解をさせてしまったかもしれないな。
「……俺は、別に商売を舐めてるつもりはないよ。ただ、エミリアに任せておけば大丈夫だって、油断してただけ。あまり伝わってないかもしれないけれど、俺だって色々考えてるんだよ。エミリアの期待に答えられるように頑張るさ」
「……そうか。ならいい。変なことを言ってしまって悪かったな」
「いーやー。俺もちょっと緩すぎるところあるからさ。とりあえず、契約は結ぶとして……避妊具の生産について、相談したいことがある。スラミが避妊具を作るんだけど、将来的には広い場所が欲しい。そこで、避妊具を生産するだけのタイプのスライムを放牧したいんだ」
「……放牧か。妙なことを言うな。だが、イメージはなんとなくわかる。……となると、放牧するだけではなく、管理人も必要だな。盗難防止策も必要だろう」
「そうそう。そういうの、色々相談したい。俺、なんとなくのイメージはできても詳細とかわかんないし」
「承知した。とりあえず、契約書にサインだ」
「おう」
契約書を一通り読み、サインをする。これで契約は完了。魔法具の類いではないが、法的に効力がある。反古にすれば違約金を払わなければならないし、逃げてもこの国で冒険者として生活できなくなる。
「これで契約は完了。まずは、これを渡す」
エミリアが俺に二万ルクを手渡してくる。
俺自身、一万ルクを貯めるだけでも相当に苦労した。エミリアにとっても、この金は非常に重要なものだろう。それを、俺にためらいなく渡してきた。それだけ避妊具に期待しているということだ。
「さぁ、これからが本番だな。一年後には、私もラウルも、億万長者になっているだろう」
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