ソラのことと、セリーナのお願い


「ただいまー。ソラ、腹減ってるか?」

「なんで帰ってきたの?」


 帰宅してソラに問いかけると、それに答えはなく、逆に問いかけてくる。


「帰ってくるって言ったろ? で、なんか食べる?」

「いらない」

「そう言うなって。少しは食べな」


 俺は軽く料理をして、スープとパンと目玉焼きを用意。卵はこっちでは安いものではないが、ソラのためならたいしたことではない。


「ほら、食え。食欲に素直に生きろ」

「食欲ない」

「昨日、夜中にお腹鳴ってたぞ」

「鳴ってない」

「寝てる間に口もごもごさせてたぞ」

「寝顔を見ないでくれる? 変態」

「変態を自覚する男に変態と言っても効果は薄いなぁ」

「変態が自分の主人とか泣ける」

「泣く気力があるなら結構。たくさん泣きな」

「……あなたと話すと埒が明かない」

「いいじゃんか。どうせ一日退屈してたろ? もっと話そうぜー」

「話したくない。でも確かに退屈」

「カードゲームでもやる? ボードゲームの方がいいか?」


 この世界にも、トランプに似たカードゲームがある。また、チェスに似たボードゲームもある。オセロがないのがちょっと残念で、あれなら誰でも気楽にやれるのにな、と思う。今度作ろうかな。


「……なんで、あなたと」

「俺はソラの主人だからなぁ。遊び相手になってくれるくらいはいいだろ」

「……何もしたくない」

「じゃ、一緒にどれだけじっとしてられるか勝負する? 先に動いた方が負け」

「……つまらなそう」

「やってみんとわからんよ?」

「やらない」

「仕方ないなぁ。なら、お話でもしてやろうか? かぐや姫っていうやつ」

「……あなた、たまに変なお話を持ち出すけど、なんなの? 聞いたことない」

「仕方ない。俺の創作だもの」


 ということにしておこう。


「作家でもなりたかったの?」

「いやー、単に妄想で遊んでただけだよ。人間の友達いないからさぁ」

「寂しい人」

「スラミがいたから寂しくない」

「……やめて。余計に可愛そうに見えてくる」

「……スラミはちゃんとしゃべれるんだ。人格もあるんだ。相棒なんだ」

「そういうことにしておいてあげる」

「酷いなぁ」


 ソラはなかなか俺の話に乗ってきてくれないが、とりあえずちゃんと言葉を返してくれる。これでも随分と打ち解けたものだ。

 まだまだ時間はかかるかもしれないが、ソラもいずれはもっと気楽におしゃべりしてくれるようになるだろう。

 手応えを感じつつ、俺はソラにかぐや姫のお話を話し始めた。


 そして。

 エミリアと話をしてから、十日が経った。

 俺は相変わらずぼちぼち依頼クエストをこなし、セリーナは薬を売り、エミリアは野菜と果物を売った。

 たいした変化のない日常だったのだが、セリーナとはたまに一緒に食事をするようになったし、エミリアが乱入してくることもあった。休日デートまではしたことがないのだが、二人と少しずつ距離が近づいていると思う。今までに女に全く縁がなかったことを考えると大きな進歩だ。

 また、ソラにも変化が見られて、「食欲がない」と言うことがなくなり、細々とだがすんなりと食事を摂ってくれるようになった。死ぬ寸前にしか見えなかったものが、だんだんと血が通うようになって、痩せすぎた人に見えるようになった。

 俺がしたことなんてたいしたことはないし、普通に接してきただけなのだけれど、良い方向への変化が見られて嬉しかった。


 また、ソラはしきりに「退屈だ」と口にするようになった。普通の奴隷だったら家事でもやらせるところなのだろうが、体力的に辛いのは目に見えているし、特別困っているわけでもないので、今は頼んでいない。

 代わりに、ソラには紙と木炭を渡している。ソラは絵を描くのが好きで、画材を与えると、体力の続く限り絵を描くようになった。俺は素人だからはっきりとはわからないが、とても上手だと思う。全く想定外たったが、ソラは画家を目指してもいいかもしれない。


「絵の具とか筆とか、欲しかったら買ってくるぞ」


 ある日、そう声をかけたら。


「……画材を全部揃えてたら高くつくでしょ。奴隷に与えるものじゃない」


 ソラは迷いを見せながら断った。しかし、ソラが本当は欲しがっているのはすぐにはわかった。


「今はちょっとお金が余ってるくらいだから、画材くらい構わないよ。どうしても気が咎めるなら、描いた絵を売ってお金にしてくれ」

「……わたしはそんなに上手いわけじゃない。ただ好きなだけ」

「上手くなればいいじゃん。金は俺が稼ぐし、家事は協力してやればいい。俺はソラに死ぬことは許さないから、残りの人生、何もせずにいるのだって退屈だろ? やってみる価値はあると思うけどな」

「あなたって本当に変わってる。奴隷に限らず、女は家で家事と子育てをやっていればいい、余計なことはするな、と言う人も多いのに」

「俺は男女差別嫌いなんで」


 この世界では、男尊女卑の風潮は少なからず残っている。セリーナやエミリアが普通に働いているように、働く女性も多いが、地位のある立場には圧倒的に男性が多い。女は男より下、と思っている男性も少なくないのだ。


「変なの。あなたの欠点は、性欲に負けて性奴隷を買おうとしたことね。それ以外は……とても、いい人なのに」

「その点については釈明のしようがないな」


 男にとっては、性欲との付き合いは死活問題なのである。とち狂って誰彼構わず襲わないよう、発散させる方法を考えねばならんのである。

 日本では、三十歳まで童貞なら魔法使いになれると冗談交じりに言われていた。しかし、三十歳まで童貞、かつ、それまでにエロに関する一切を断っていたら、魔法使いになれると確信している。透視くらいは確実にできるに違いない。

 こんな切実さをソラに言っても理解はしてくれまいから言わないが、この点においてソラが俺と一線を引いているとも思う。

 過去はなかったことにできないし、この最後の一歩を飛び越えるのは時間がかかる。あるいは、ずっとできないのかもしれない。

 それでも、完全無欠ではないにしても、信頼できる人間であると信じてもらえるよう、努力していくしかない。

 さて。

 今日は、まだ店を開ける前の朝早くに、セリーナが俺の部屋にやってきた。ソラの様子を見て少し話をするためなのだが。


「少し、ソラさんと二人で話をさせてください」


 セリーナが言うので、俺はそれを許可。


「スラミもいない方がいいよな? 外に出て、離れてるから、終わったら呼んでくれ」

「はい。わかりました」


 セリーナの目には何かの決意があるようだったのだが、何を考えているかまではわからない。

 外に出て、二人の話が終わるのを待つこと少々。十五分程度で、セリーナが外に出てきた。


「あれ? もういいの?」

「はい。終わりました。それと、ラウルさんにもお願いがあるのですが」

「うん。何?」

「わたくしをダンジョンに連れていっていただけませんか?」

「ダンジョンに? どうして? セリーナ、戦闘は苦手だろ?」

「苦手です。でも……戦う力を身に付けたいのです。少し前、パッチオという男が店に来たとき、ラウルさんに助けられて事なきを得ました。しかし、ラウルさんがいつも守ってくださるわけではありませんし、自分でも戦う力を身に付けたいのです。今日は薬屋は休みですから、時間はあります」

「そっか。わかった。いいよ。でも、危険だと思ったらすぐに引き返すからな」

「はい。わたくしも、冒険者を目指しているわけではありませんから、それで十分です」

「ん。じゃ、早速行ってみるか」

「はい」


 そして、俺とセリーナは準備を整え、ダンジョンへと向かった。

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