どうする?


「これの存在を知っている男はラウル一人。女は私かセリーナ。セリーナは処女だし、避妊具の使い心地云々のために男と寝るのは嫌だろ。なら、私とするしかない」

「いや、いや、でも、それは、ええ?」

「ん? もしかして、ラウルは童貞か?」

「……うん」

「あー……だとすると、ラウルはラウルで、初めてを避妊具の使い心地確認のためにしたくはないか……。だが、他に人材はいないし……」


 エミリアがしばし考える。商売に真摯で素敵な人だとは思うが、発想は意外とぶっとんでいるのかもしれない。


「ま、男の初めてなんてそんなに重視するものでもないか。とりあえずやれればいいんだろ? やっぱり、私とラウルで試してみよう。他にない」


 なんだか酷い偏見が……。いや、あながち偏見でもないけれど。


「でも、えぇ……? 俺達、初対面だよ? そんな相手とできるの?」

「気難しいセリーナが気に入るくらいの相手だからな。間接的な判断だが、ラウルが良い男であることは間違いないだろう。だったら構わない。とりあえず一回寝た方がわかることもあるし」

「すげー大人な発想……」


 エッチなんてコミュニケーションの一つじゃん、的な気安さ。俺にはまだその領域の発想がわからない。

 それはさておき。


「あれ? セリーナって、俺のこと気に入ってるの?」


 セリーナを見る。すると、眉を潜めて非難がましくエミリアを見ていた。


「……あまり余計なことは言わないでほしかったのですが」

「おっと、まだ言うのが早すぎたかな? だが、セリーナがプライベートで男と一緒にいるのは珍しい。特に男を見る目は厳しいもんな。セリーナ目当てで店にやって来た若い男を、二十人ばかり冷徹にフったとか。

 そんなセリーナが連れてきたってことは、セリーナはラウルを気に入っていると言うことだ」

「……それ以上は何も言わないでください。店ごと焼きますよ?」

「おー、怖い怖い。じゃあ、これだけ訊くが、私とラウルで試していいか?」

「……やめてください。その……」


 セリーナがチラリと俺を見て、続ける。


「それは、嫌です」


 その一言で、エミリアがニヤー、と笑う。いい性格してるね。


「なんで嫌なんだ?」


 いや、本当にいい性格だよ。そして、セリーナが眉を潜めつつ、絞り出すように呟く。


「……これはわたくしのためでもありますし、ラウルの奴隷のためでもあります」

「ほほう? 奴隷がいるのか? どんな?」

「心に傷のある女の子です。名前はソラ。奴隷ではありますが、ラウルさんは一人の女の子として接しています。そして、ソラさんはラウルさんに好意を持っていますが、それを受け入れることができていません。性行為に嫌悪感があるせいです」


 それだけで、エミリアはある程度事情を察したらしい。


「……なるほど。そして、その奴隷のこともあって、セリーナは自分の気持ちに素直になれない、というところか。妙な三角関係だな。

 うーん、しかし、困った。早く試したいし、これは早く普及させた方がいい。あまり長くは待てない。一ヶ月以内には色々と決着をつけてほしい」

「……ソラさんを急かすようなことはしたくありません」

「ソラの状態はわからんが、とりあえず、セリーナはラウルと寝るが嫌なわけではないだろ?」

「それは……嫌では、ないですよ。でも、好意的に見てはいますが、恋愛感情はよくわからなくて……」

「ああ、そういうのもあるのか。もー、お前はウブだなぁ」


 セリーナがこちらを見て、目が合う。顔を赤らめるのは大変可愛らしい。その反応、恋にしか見えないけどどうだろう?


「……待ってたら何年かかるかわからんな。とりあえず、もう少しスッキリさせてから私のところに来てくれ。一ヶ月で決着がつかないなら、ラウルは私と寝ろ。この避妊具は一旦返すよ」


 エミリアがそこで話を打ちきる。なんとも気まずい雰囲気のまま、俺はセリーナと共に店を出た。


「……妙なことになったな」

「そうですね。それに、申し訳ありません。わたくしが恋愛に未熟なせいで、余計に場を混乱させています」

「いやいや、そんなことはないさ。エミリアの発想が色々と玄人過ぎるんだよ」

「まぁ、それもありますが……。ラウルさんは、恋をしたことはありますか?」


 並んで歩くセリーナが、視線をこちらに向けずに尋ねてくる。


「……ある、よ?」


 あるにはある。が、恋だと呼べるほどのものは、まだ日本にいた頃にしか経験していない。こっちでは、恋はしないように意識していた。


「恋とは、どういう感情なのでしょう? ラウルさんともっと一緒にいたいという思うのは、恋ですか?」

「……それだけだとなんとも。友達とだって一緒にいたいと思うことはあるだろ」

「そうですね。では、どこまでの感情があれば恋ですか?」

「えー、一緒にいてドキドキするとか、手を繋いだりキスしたりしたいとかか、将来一緒に暮らしてることを想像しちゃうとか」

「……そういうものですか。なるほど。なら……わたくしは、ラウルさんに恋をしているのでしょうね」

「そ、かー」


 としか言えない俺を責めないで。女の子からの告白紛いの言葉なんて初めてなんだよ。


「……ラウルさんと、一緒にお店を切り盛りする姿を想像します。いつも一緒ではありませんが、ラウルさんが薬草を取ってきて、ただいま、と言ってお店に入ってくるところとか」

「……なるほど」

「こんな想像をされるの、嫌ですか?」

「そんなわけないよ。嬉しい。俺だって、セリーナのことはいいと思っている」

「……そうですか。それは、つまり……両思い? ですか?」

「たぶん、そう、かな?」


 断言できなかったのは、俺がセリーナのことを意識しないようにしてきたから。いいなとは思っていたけれど、好き、と明確にすることはしてこなかった。

 たぶん、好き、なんだろう。意識しすぎて自分の感情もわけわかんなくなってるけど。


「でも、どうすればいいのでしょう? わたくしは、ソラさんの気持ちを優先したいです。ソラさんが一番幸せになれる形が、わたくしの望みです」

「……なら、今は現状維持かな」

「ですかね……。わたくしも、今すぐラウルさんとどうかなりたいというわけではありません。恋と呼ぶには、自分の気持ちが整理できてなくて……。

 ちなみに、ラウルさんは、ソラさんをどう思っていますか?」

「んー、女としては見てないってのが正直なとこ。妹感覚」

「ですよね……。どうすればいいのかわかりませんが、まずはソラさんに元気になっていただけるように頑張りましょうか。

 一ヶ月以内には、何か動きが必要でしょうが……」

「ま、そうだな」


 エミリアはきっと本気だ。一ヶ月で決着がつかなければ、本気で俺と寝ようとする。セリーナの気持ちを知った以上、それは抵抗がある。


「この話は、ひとまずここまでにしましょうか」

「うん」


 こっちに来て、今まで全く女に縁がなかったのに、ソラを買ってから急に変わり始めたな。

 ソラが俺をどう思っているかは未知数だが、セリーナは俺に好意を持っている。エミリアともどうにかなる、かも?

 生きてりゃ何が起こるかわからんもんだね。

 二人でぼちぼち歩く。なんとなく気まずい空気のままで何も起こらず、俺達は途中で別れることに。


「またなー」

「はい。……いつでもお店にいらしてくださいね」

「そうだな。それと、今度ご飯でも一緒に食べよー」

「はい。喜んで」


 セリーナが微笑む。その笑みがいつも以上に親しげに見えて、動揺してしまう。そして、セリーナは去ろうとしたところで、再度振り返る。


「……あの、本当に誘ってくださいね?」


 なんだそのおねだり。可愛すぎるだろ。


「もちろんだ」


 答えると、セリーナが柔らかく微笑んだ。惚れるなって方が無理な話だよ。

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