商談と……


「あ、えっと、もう、スラミに頼んだらすぐに作ってくれる。やろうと思えば一日に三千個くらいはいけるかな? 費用っていうか、原料がスラミの体の一部だから、スラミを成長させればいい。普通の飯でも、スライムでも、魔力でも、食わせれば体は成長して、それが原料になる」

「概算でいい。一個の原価はいくらだ?」

「えー……正直わからん。ただ、店に出して売るとしたら、一個五十フラルから一ルクくらいだろうな。それで採算が合うように作るべきだろう」


 ちなみに、百フラルで一ルク。セントとドルの関係と同じ。


「なるほど。わかった。なかなか妥当な値段だな。大人なら特に抵抗を感じる値段ではなく、使い捨てであっても必要な分をためらいなく購入して使用できる。ラウル、なかなかに値段の付け方が上手いな。商売のセンスあるんじゃないか?」


 エミリアが俺は日本での値段を参考に金額を言ったまでである。ちょっと気まずい。


「俺は、自分が買うならこれくらいだよなぁ、って思った値段を言っただけだから」

「その感覚が、一般市民の感覚とずれてないのが大事なんだよ。お貴族様なんかに値段をつけさせたら、一個五十ルクくらいでいいんじゃない? とか言い出すぞ」

「……それは一般人には買えないな」

「そういうことだ。では……こういうのは、なるべく安く提供できるようにしたい。利益も大事だが、もっと重要な役目を担う可能性があるものだからな。

 一個五十フラルで売るとして、原価率四十パー想定……一個二十フラルでどうだろう? さらに、私以外の誰にもこれを売らないという契約を結んでくれるなら、追加でまずは二万ルク払う。一般に浸透し、売れ行きが安定してきたら、さらに十万ルク。それ以降も、状況によって報酬を考える」

「……へ?」


 急に始まった高額な商談に、俺は戸惑うばかり。


「いや、それ以前に、まだ商品化できるかもわからないよ? 実際に使ったことなくて、使ってみたら全然ダメってなるかも……」

「直感だが、それはない。改良点は見つかるかもしれないが、これはまず間違いなく商品化できる。しかも、全世界的な販売が見込める一大商品になる。収益も、上手くやれば億単位になるだろう。そう考えると、私の提示する条件はあまりにも安すぎる。

 ただ……悪いが、この店にはこの商品に見合うだけのお金を出す余力がない。今出せる精一杯として、二万出す。それで私と専売契約を結んでほしい」

「えっと、冗談じゃないんだよね? これ、そんなに売れるの?」

「当然だ。性行為なんて、地上に人類が存在する限り恒久的に行われる。全世界で、身分も種族も関係なく。そして、避妊というのはどこに行ってもまだ未解決の問題だ。性行為はしたいが妊娠は避けたい、でもちょうどいい方法がない……というのが実情。これは、売りに出せば即座に世界中に広まり、避妊方法を革命的に変えるだろう。もはや現状あるこれ以外の避妊方法全部が廃れるかもしれない。

 国内だけでも人口は一千万はいるという。性行為を行う男女がそのうちの半分だったとして、五百万人、つまりは二百五十万組。それが平均して年間百回の性行為をしたとしたら? 二億五千万回の性行為になり、生産が間に合うと仮定し、一回につき五十フラルの売上として、計一億二千五百万ルクの売上だ。単年だけでそれで、その後も売上は続く。競合が出てくれば売上は減るだろうが、世界に販路を広げられれば売上はむしろ伸びる」

「……そんなに影響力ある、のか?」


 エミリアに具体的な数字を提示されて、ようやく事態の大きさが飲み込めてきた。っていうか、避妊具ってそんなに儲かるのか。まぁ、地球だったら競合がありすぎて案外売上は低いのかもしれないが、それでも、相当なものになるだろう。


「頼む。これを私に売ってくれ。いや、これもはっきり言おう。他の者には売らない方がいい。ほぼ間違いなく後悔する」

「えっと……どういうこと?」

「これは莫大な利益を生むことが間違いない。それを知れば、他の商人であれば間違いなくラウルに不利な条件の契約を結ばせるだろう。商人とはそういうものだ。まずは自分が儲かることを考える」

「……エミリアさんは違うって?」

「違う、とまでは言い切れない。だが、私は商売に対してポリシーがある。私は、人を幸せにするために商売をしたい。それに反することはしない。今の場合なら、ラウルに不利な条件の契約など結ばない。ラウルにとっても良い契約であることを第一に考える」


 エミリアの目に一切の曇りはない。これが演技だったら、俺は人間を信じられなくなるかもしれない。


「……商売の基本は利益の追求。それは百も承知。しかし、利益を追求するだけの商売なんて私は嫌いだ。金なんて溜め込むだけじゃ意味がない。自分が幸せになるためだけに使ったって虚しい。人を幸せにするために、私は商う。

 ただ、はっきり言って、今の私は志が高いだけの身の程知らずな小娘にすぎない。この場所に店を構えて三年。辛うじて店を維持することくらいしかできていない。精一杯頑張ってはいても、店を大きくするとか、利益追求以上の何かをするとかの余裕はない。

 しかし、これを売りに出せれば、状況は一変する。私の志に近づける。

 どうか、私に力を貸してほしい。相応のお礼はすると誓う」


 あまりに真剣で、真摯で、俺はとっさに言葉を返せない。

 隣を見ると、セリーナも困惑気味に俺を見ていた。

 なんと言えばよいか、迷う。自分のために作った避妊具程度が、こんなにもエミリアの心を動かすなんて全くの想定外。

 ただ、エミリアのことを、俺は既に好きになっていた。恋愛とかの話じゃなく、エミリアの人間性が好きだった。エミリアになら、全てを預けてもいいと思えるくらいに。


「……わかった。エミリアの出す条件に従う」

「本当か!?」


 エミリアが身を乗り出してくる。俺は若干引きつつ、続ける。


「ほ、本当だ。正直、俺にはエミリアの出す条件の妥当性はわからない。悪くはないのはわかるんだけど、交渉次第でもっと好条件にできる話なのかもしれない。でも、交渉はしなくていい。エミリアが、得た利益で何をするのかを見届けられれば十分だ」


 そう言うと、エミリアが満開の笑みを浮かべる。猛禽のような女性かと思っていたが、あどけない少女のように見えた。


「ありがとう! ラウルの好意は決して無駄にはしない! 必ず、この避妊具を健全に世界に普及させてみせる!」

「あ、ああ……頼むよ。でも、まずは実際に使えるかどうかだよ。俺もセリーナも使う場面がないから、エミリアさんが試してみてほしい」

「ああ、試しは必要だな。しかし、残念ながら私にも試す相手がいない。未経験ではないが、恋人とはつい先日別れた。商売のことしか考えない女などつまらん、とか言われてな」

「あ? そうなの? じゃあ、他の誰かに頼むしか……」

「やめてくれ。これの存在は、きちんと商品化するまで無闇に他人に言うべきではない。……ラウルが構わないなら、今からでも私としてみるか?」

「はぁ!? いきなり何言いってるんだよ!?」


 エミリアの提案に、俺は卒倒しそうになる。

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