ソラのこと

「ソラ、俺のことどう思ってんのかな?」


 道中、セリーナに尋ねてみる。


「わたくしにもあまり話してくださらないのではっきりとはわかりませんが、少なからずラウルさんを好意的に見ているようです」

「本当? まだまだいつもそっけないんだけど?」

「恐らく、好意的には見ていますが、葛藤があるのでしょう。男女としての好意は、性的な関係を示唆します。しかし、ソラさんの中では性的な関係はまだ嫌悪の対象。素直に好きになれれば良いのですが、それを押し止める気持ちも強い……。打ち解けるのはまだ先ですね。焦らずに、いつも通り接してあげてください」

「そっかー。でも、俺を好意的に見るって、なんでだろ? なんも特別なことしてないと思うけど」

「……自覚はありませんか? ラウルさんは、ソラさんにとても優しく接しているではありませんか。甲斐甲斐しくお世話をして、食事、洗身、その他のサポートを厭わないそうですね。スラミさんにも手伝っていただいているとしても。

 それに、温かな言葉かけもしているのでしょう? 今はゆっくり休んでいいとか、無理に体型を戻す必要もないとか、生活は全面的にサポートしてやるとか、元気になったら奴隷から解放するとか、生きてるうちに幸せを諦めてはいけないとか」

「ああ、うん。そうだな。ってか、ソラから聞いた?」

「少しだけ。

 あと、ラウルさん、これもわかっていないようですが、ソラさんは奴隷です。主人は奴隷の最低限の生活を保証する、というのが法律で決められてはいますが、奴隷はモノとして扱われるのが普通です。主人というのは、奴隷を人間としては扱わず、壊れないように気を使いながら道具として使用するのです。

 だというのに、ラウルさんはソラさんに対し、まるで病気の妹でも相手にするように接しています。これは世間的には異常です。

 ソラさんは、正直戸惑っているともおっしゃっていました。ラウルさんが何を考えているかわからない、奴隷がなんなのかわかってない、あの人柄なら奴隷じゃない普通の女と付き合えばいい、と」

「……俺、一般の女からは全く相手にされないんだけど」

「わたくしが思うに、それは少々思い込みが入っています。『スライムマスター』の自分が女性に相手にされるわけがない、と信じこみ、女性からの好意のサインを見落としているのではありませんか? 心当たりはないですか?」

「……うーん。わからん」

「そうですか……。では、わたくしからのサインも全く気づいていないということですね?」

「へ? なんのサイン?」

「……何故予定より早く部屋を訪れたのか、とか。いえ、それはまた後で話しましょう。

 とにかく、ソラさんとて、いつ何が起きるかわからない世界に生きていることは承知だったはず。その上で、女性として非常に辛い目に遭ってしまいました。ある程度の覚悟があった故にまだ精神を完全に壊してはいませんし、時間がやがてソラさんの傷を癒すでしょう。元通りとまではいかなくても、いずれソラさんが元気になったときには……一人の女性として見てあげると良いと思います」

「うん。もとからそのつもり」

「そうですか……。やはり、ラウルさんは変わり者ですね」


 セリーナが目を細める。それは、いったいなんのサイン?

 それから、世間話を交えつつ、俺達はエミリア商店にやって来る。

 商店街に並ぶこぢんまりしたお店で、扱っているのは野菜や果物。八百屋なんだろうか? 俺の生活圏からは離れているので訪れたことはないが、素朴な雰囲気は好感が持てる。

 客も十人くらいいて、賑わっている部類に入る。お客と金銭のやり取りをしている溌剌とした女の子がエミリアかと思ったが……。


「エミリア、いますか?」

「あ、セリーナさん。エミリアさんは奥ですよ。店主! お客様です! セリーナさん!」


 店の奥、木戸で仕切られた向こうから返事があり、ロングの赤髪の美女が顔を出す。年齢は二十歳前後だろう。八百屋の店主にしては洒落た羽織ものを着ており、服屋の店主かと見紛う。鋭角的な顔つきをしていて、鷹を擬人化したかのよう。スタイルは良いが、胸元はやや控えめ。セリーナと比較してはいけないかもしれないが。


「よう、セリーナじゃないか。隣の男はなんだ? ついに彼氏ができたからその紹介か?」

「違います。ちょっと見てほしいものがあるので連れて来ました。ラウル・スティークさんです」

「どうも、初めまして。ラウルです」


 俺が頭を下げると、エミリアがふむふむと頷く。


「ラウル・スティーク。『スライムマスター』の冒険者か。名前や噂は聞いたことがある。どんな面倒な依頼クエストでも請け負ってくれるありがたいやつ、とか?」

「ただの雑用係ですよ」

「雑用をこなしてくれるやつはありがたいんだよ。あと、丁寧なしゃべり方はしなくていい。セリーナは他のしゃべり方を知らないだけだしな。

 で、私はエミリア・ガレーシャ。この店の店主だ。話があるなら聞こうじゃないか。サラー、店のことは任せるぞ?」

「はい! かしこまりました! お任せください!」

「よし。じゃ、二人とも、中に入れ」


 エミリアに促され、店の奥へと入る。奥は生活空間にもなっているのか、家庭用の椅子とテーブルが置かれている。そこに向かい合って座った。


「で、見せたいものって? 金になりそうな話か?」

「……どうでしょうか。やり方次第ではお金にもなるかもしれませんね。ラウルさん、後は任せます」

「ああ、わかった。えっと、これなんだけど……」


 俺は試作品の避妊具を取り出して、エミリアに見せる。エミリアは一瞬怪訝そうに眉を潜めたが、すぐにこれがなんであるかに気づいた。


「避妊具か?」

「うん、そう」

「ほう……面白い。見せてくれ」

「あ、ああ」


 エミリアは特にためらいもなく避妊具を手に取る。さらに、それをぐにぐに引き伸ばしてみたり、指につけてものを触ったり、空気を吹き込んで膨らませてみたりした。

 そして、やや興奮気味に言う。


「これ、何でできてる?」

「スライム」

「肩に乗ってるやつか?」

「そう」

「使い捨て想定?」

「まぁ、そうかな」

「どうやって作るんだ? 一日にどれくらい作れる? 費用はどうなってる?」


 エミリアの目が鋭い。蛇に睨まれた蛙の気分だ。

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