薬屋
ソラよりは年上に見えるが、俺よりはいくぶん年下であると察する。十七歳くらいかな。
切れ長の鋭い目に紫の瞳が美しい。緩く癖のある金髪は背中にかかる長さ。艶のある唇が色っぽく、白い肌が瑞々しい。魔法使いらしい黒地のローブを着ているのだが、胸部の膨らみが目立ってかなり扇情的に見える。忘れていたリビドーが首をもたげそうになった。
「……どうかされましたか? 何かお探しで?」
俺が困惑していると、少女が尋ねてくる。
「あー……えっと、いつもの店主さんは?」
その一言の何が気に障ったのか、少女が急に目を細めて、俺を睨む。
「……店主は所用で二ヶ月ほど留守をすることになりました。しかし、わたくしは店主と同等の知識と実力を有しておりますので、どんなご用件であっても必ずやご期待に答えて見せます。
ああ、申し遅れましたが、わたくしは、店主代理のセリーナ・ファラス、十七歳です。まだ若いと思われるかもしれませんが、ご心配は無用です」
おっと、どうやら、店主を探しているのは目の前のセリーナが頼りなく感じたからだと思われたようだ。それがセリーナのプライドを傷つけたらしい。
しかし、これは全くの誤解である。俺は単に、避妊について尋ねるのは男がいいと思っただけ。
「あー……いや、全然たいした話じゃなくて……店主と個人的な話があっただけ……」
「誤魔化さないでください。わたくしが決して店主に劣らぬ力があるとご覧にいれます。さあ、ご用件をどうぞ」
セリーナの目が険しくなる。どうしても何か言わないと納得してくれない様子。しかし、だからって、「避妊ってどうすればいいの?」などと尋ねてよいものか。相手は年下の少女だぞ? 本人にそういう経験があるかどうかもわからない。こっちの人は割と初体験は早めらしいが、全員ではない。
「……どうしても信頼いただけませんか?」
「違う、そういうことじゃない。えっとだから、その……」
「ご用件をうかがわせてください。必ずお役に立って見せましょう。その迷いよう、単なる風邪などではないですよね? 何かの難病でしょうか? 症状は? 早くしなければ手遅れになってしまうかもしれませんよ?」
セリーナは実に紳士な瞳で問いかけてくる。それがまた申し訳ない気持ちにさせる。
なんとか誤魔化したいが……ここでふと、精神的な苦痛から食事も摂ろうとしない女の子がいるんだ、ともっともらしい問いを投げる案も浮かんだ。しかし、それは同時に、やはりセリーナを信頼していなかったみたいである。
数秒迷い、俺は観念して当初の質問を投げ掛ける。
「……避妊ってどうやればいいのかな? 避妊具って、ここに置いてある?」
問いかけに、セリーヌがぽかんと口を開ける。また、だんだん俺の問いかけの意味が脳に浸透してきたのか、さっと顔を赤らめ、視線を泳がせる。
「え、な、ええ? なんでそんなこと、薬屋に訊きにくるんですか?」
「他にどこで訊けばいいのかわからなくて……。店主のおじさんに訊いてみようかと……」
「ああ、ああ、そ、そういうことですか。なるほど、それは……申し訳ありません。でしゃばった真似を……」
「いや、俺もなんかタイミングが悪くて……」
「お客様は何も悪くありません。わたくしが少々意地になってしまったせいで……」
「ま、まぁ、そういうことだから、俺は一旦失礼するよ。別の人に訊いてみる」
「お待ちください。少々動揺してしまいましたが、簡単にでしたらお答えできます」
「え、マジで?」
セリーナはまだ赤い顔でコクリと頷く。
「わたくしは医療系の魔法や魔法薬を専門としています。この程度の知識は当然知っています。……というか、専門関係なく、生活するうちに自然と耳に入ってくるものでもあります」
「だよねー……」
俺も日本にいる頃にはなんとなくそういう知識は耳に入ってきたものだ。こっちではネットなんてないから簡単にはいかないところもあるだろうが、人伝に話は聞くはずである。親元にもっと長くいたら、性教育を受けることもあったかもしれない。
「えー、まず、よく行われているのは膣外射精です」
「げ、マジで?」
「……その反応を見るに、これがあまり有効ではないということはご存じのようですね? 多少は知識がおありで?」
「まーねー」
「説明は不要かもですが、膣外に射精しても妊娠することはあります。どうやら、射精の前にも妊娠に繋がる何かが出ているようですね。
それに、男性にとって一番良いときに、冷静になって引き抜くというのは難しいとも聞きます。このまま最後まで、と言う誘惑に負けてしまうことも多々あるのだとか。あるいは、我慢するつもりだったのに気づいたら出てしまった、ということもあるようです。
つまり、何も対策をしないよりはマシですが、あまり有効ではない方法ということです。……という話がなかなか普及しないのが残念ですが、あなたは大丈夫そうですね。
次に、男性が避妊具を装着することもあります。動物の腸から作られる避妊具で、陰茎に被せます。ただ、正直あまり作りのよいものではなく、使用中の破損や脱落が少なからず起きます。また、どうやら使用感もあまりよくないそうですね。感覚が鈍るとかなんとか……。わたくしは男ではないのでわかりかねますが……」
「はは……。てか、腸って……。ちょっとグロいな……」
「かもしれません。あと、子宮口に塗る避妊具もあります。粘性のある液体なのですが、時間が経つと固まります。それで子宮口に蓋を作るわけですね。ただ、これも行為の最中に外れてしまうことも少なくありません。
それに、処女や経験の浅い女性は、子宮口まで何かを差し込むのは抵抗があるものですし、そもそもきちんと塗れているのかも確認できません。あまりよい方法ではありませんね」
「そっか……。あれ? ってことは、結局避妊ってどうやるの?」
「はっきり申し上げまして、これなら確実だ、という方法はありません。最終手段として、望まぬ妊娠をした際に堕胎を促す薬はありますが、わたくし個人としては使用してほしくないものですね。母体に負担がかかりますし、まだ命と呼んでよいかもわからないものであっても、命の芽を摘むことになりますから」
「そっかー。俺だってできることなら堕胎は避けたいな……。うーん、でも、じゃあ、結局皆どうしてるわけ? 妊娠も視野にいれて励んでるの?」
「そうですね。妊娠しちゃったらそのまま産めばいい、という感覚の方が多いかと。農村などでは、そもそも避妊は考えずにとにかく妊娠と出産を繰り返すことも多いです。子供の死亡率も高いですから……。まぁ、一部の魔法使いはもっと有効な避妊の方法を実践していますが、魔法使いではない一般市民には普及していません」
「普及させればいいのに」
「……意外と高度な魔法なんですよ。陰茎や膣を覆う膜を作るというのは。それに、高度な魔法を使う者は、性に関する話に関わるのを好みません。ハレンチなイメージがつくのを恐れるのでしょう。高名な方ほど、自身の名誉を大事にするものです」
「……そっか」
セリーナの話は理解した。とにかく、この世界にはまだきちんとした避妊方法は普及していないということだ。ということは、俺もソラとするときは、妊娠する可能性を視野にいれないといけないのか。将来的に、ソラが俺の嫁になってくれるなら、そのときには妊娠してくれていい。だが、今は控えたい。
「なんか、いい方法ない?」
「わたくしにも、これ以上のことは……。避妊具をどこで買うかはお教えできますが」
「ちなみに……こんなことを訊いていいのかわかんないけど、セリーナさんはどうしてるの? その、するときには」
セリーナが顔を赤らめ、視線を逸らして言う。
「……まだ、したことがありませんので」
「あ、そう。ご、ごめん」
「いえ。あなたに悪気がないことも、わたくしに対する嫌がらせでないこともわかりますから、問題ありません」
「そか」
日本だったらセクハラって言われてるかもしれないな。わからんけど。
「まぁ、いいや。しばらくは使わないから。あ、ちなみに……」
避妊のことはわかった。それはもう忘れて、ソラを元気にする方法を尋ねておくことにした。
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