疑問と、生い立ち
日本であれば、避妊なんてものはコンビニや薬局でコンドームを一箱お買い上げすれば済む話。使用する相手もいないのに一回だけ購入したことがある、という悲しい過去にはもう目は瞑り、その気軽さは大変ありがたい。
エッチするつもりだったのに、ここに至るまで避妊のことが微塵も頭になかった。どれだけ「やる」一色の煩悩まみれだったんだ。我ながら呆れる。
それはさておき。
避妊なしで欲望の限りを尽くせば妊娠するのは当然のこと。しかし、俺はまだパパになるつもりはない。
ある程度の稼ぎはあるし、妻一人子一人を養うくらいはできる。が、まだもっと自由気ままに遊び暮らしたいというのが本音。なんてったって、こっちではまだ十九歳。日本だったら大学一年生。身を固めるには早すぎる。
「スラミは……避妊の方法なんて知るわけないよな」
スラミが、なになに? という風にくねくねする。
「いや、なんでもない」
かといって、ソラに尋ねるのは気が引ける。そういうのとは距離を置きたいはずだ。
誰かに訊けばいいが……とりあえず、俺に友達はいない。奴隷屋に行ってあの男に尋ねる? それも違うよな。やっぱり薬屋か?
「……買い物ついでに、薬屋に訊いてみるか」
たしか、近所の薬屋の店主は中年のおっさん。男同士なら、こういう話をしたって別にいいだろう。
「よし、ちょっと行ってみるか。スラミ、念のため、ソラの見守り役を一体作ってくれ」
スラミがふるふると震えた後、中間から括れて二つに別れる。スラミAとスラミBとする。スラミBはソラの枕元に置いた。
スラミは大変便利で、二つに別れても意思を共有できているらしく、スラミBが見聞きしたものをスラミAから伝え聞くことができる。また、分裂しても、戦闘のサポートをする力だって残っている。ないとは思うが、ソラが妙な真似をしたら止められるのだ。うん、やっぱりスライムマスターは非常に有用なスキルだ。
「スラミ、ソラを頼むぞ」
スラミBが、任せて! とふるふる震える。本当に可愛いやつだ。今夜はごちそうとしてフルーツでも買ってやろうか。どうやら味覚はあるらしいから、美味しいものをやると喜んでくれる。
「ソラ。聞いてるかわかんないけど、今はゆっくり休め。生活のことは、俺に全部任せてくれればいいからな」
ソラからの反応はない。特に期待してもいないので、そっとしておく。
「いってきまーす」
この言葉も随分久しぶりに言ったな、と妙に感慨深くなりながら、俺は部屋を出る。初春の爽やかな日差しと風が心地よい。正午から時間は経っているが、まだまだ日は長い。焦らずにのんびり行こう。
さて。
遅ればせながら、俺は転生者というやつである。生前は日本で生まれ育ち、二十歳まで生きたところで交通事故で死んだ。コンビニに行こうと夜に外出した際、車に轢かれた。薄れ行く意識の中、最期の言葉は、「おっぱい揉みたかった」だったと記憶している。
その結果なのかどうかは知らないが、俺がなんやかんやあって転生した異世界では、『スライムマスター』というスキルを得た。
……正直、なんの冗談だ、と思った。スライムは確かにぷにぷにしているしすべすべだし柔らかいし、触っていて大変心地よい。が、それがおっぱいの感触と通じるものがあるのかどうかはまだわからない。乳飲み子だった頃にはこっちでの母親の乳に触れていたはずだが、そのときの記憶はない。日本人だった頃の記憶を取り戻したのも、三歳のことだ。
スライムはおっぱいと同じ感触を有しているか否か。それは本日確認されるはずだったのだが、一旦忘れよう。
俺のこっちでの生い立ちというのも、正直あまり面白いものではない。
俺はグラリアスという町の平民の子として生まれた。四兄弟の末っ子だ。上から、長男、長女、次女、俺。
五歳までは、ごく一般的な生活をしていた。しかし、スキルを得てからは生活が一変した。
仕組みは不明だが、五歳の誕生日に、この世界の人間はスキルを得る。内容は様々で、戦闘に適したものもあれば、日常生活に便利なものもある。
俺も五歳でスキルを得たのだが、『スライムマスター』という残念な代物。世界にいるあらゆるスライムを使役できるのだけれど、こちらではゴミスキルとの認識。俺も、当初はそう思っていた。
五つ上の長男は、『炎の化身』。
三つ上の長女は、『光精霊の加護』。
一つ上の次女は、『癒しの玉手』。
字面だけでも優秀なスキルが揃っている中で、俺だけはゴミスキル。
俺のこっちでの両親は、昔、優秀な冒険者であったらしく、それも関係して子供は優秀なスキルを宿しやすいらしい。
四人目の俺もさぞ素晴らしいスキルを得るに違いない、と両親もわくわくしていたのに、全くの期待外れ。俺は両親からも兄弟達からも見下されるようになり、ぞんざいな扱いを受けてきた。
詳細は省くが、俺は家族とは距離を置き、五歳から相棒としていたスラミと、ほぼ二人だけの幼少期を過ごした。
そして、十三歳までは辛抱して家族の元で暮らした。こちらでの義務教育期間だ。密かに『スライムマスター』の能力を研究し、意外と有用なスキルであることが判明していたのだが、それは誰にも言わなかった。家族には幻滅していたから、俺のことを価値のない人間として家から追い出してほしかったのだ。
一般的には、一人立ちにはまだ若すぎる年齢。それでも、家を出たいと言うと、家族は誰も俺を止めなかった。
そして、俺は家を出て、冒険者を始めた。
戦闘の訓練を我流でしかしてこなかったので初期には苦労したが、スキルは戦闘においても有用だったし、両親から授かったこの体は素のスペックが案外高かった。おかげで、真面目に訓練を積めば低級のモンスターに負けることはまずなかった。
なお、冒険者というのは、ランクがAからFまでと、Aの上にS、SSがあり、最初はFから始める。ランクをあげるのはかなり大変で、FからEに上げるだけでも一年かかったし、六年経った今でもようやくCランク。
俺が積極的に危険なモンスター退治に精を出していれば、もっとランクが上がっていたかもしれない。が、なるべく危険は冒さないのが信条。ゲームではないのだから、死んでしまったら今度こそ終わり。安全第一でやるのが一番だ。他の冒険者もそうしている。
もっとも、そういう大多数と違い、無鉄砲な気質の長男、ガリュディムは嬉々として危険な
また、長女のシエルは国家魔法使いになっているし、次女のリリアスはとある教会で聖女呼ばわりされている。両親からすれば鼻高々だろう。俺からすると、堅苦しくてうんざりしてしまうのだけれど。
ある意味、『スライムマスター』という一見ゴミスキルを得たことは、俺にとっては幸運だった。日本育ちの気ままな性格が抜けない俺は、責任ある立場というのに馴染まない。
補足だが、この世界には魔王も勇者もいないし、大規模な戦争も起きていない。モンスターが出るのでそれと戦う必要はあるのだが、戦いたいやつが戦っていれば対処できる程度に勢力は抑えられている。おかげで俺も気ままに暮らしていける。
ついでに、この世界にはスキルもあるが、魔法も存在する。とはいえ、戦闘に使えるほどの魔法を使える者は少ない。俺は戦闘用の魔法も使えるので、割と優秀な部類だ。
……そんなことをつらつら考えているうちに、俺は家から徒歩十分のところにある薬屋にたどり着く。白塗りされた木造の扉を開くと、店内には様々な薬草がところ狭しと陳列されている。十畳程度はあるはずの部屋だが、動ける範囲は僅かだ。
そして、正面のカウンターの奥には……何故か、見知らぬ美少女が立っていた。
……あれ? 店主のおっさんは?
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