まだ、ただの奴隷

 家に到着し、一息吐く。俺のこっちでの住まいは、木造住宅で、アパートのようなものの一室だ。

 途中で少女に名前を尋ねたが、教えてくれなかった。何か思うところがあるなら仕方ないので、俺が仮の名前をあげた。青い髪は手入れをすればきっと綺麗だったので、ソラとした。それに対して特に反応もなかったのだけど、拒絶もなかったのでそれに決定。

 また、ソラは本当に体力が落ちていたのでベッドに寝かせた。体の手入れもほとんどしていなかったようで、垢も出ていたし臭いもあった。自分で体を拭かせるにはソラの体力がなく、かといって俺がそういうことをしてしまうのはソラが嫌がると容易に想像がついた。

 というわけで。


「今からこいつに体を綺麗にしてもらう」


 俺は、相棒であるスライムのスラミをソラに見せる。その大きさは人の頭部より一回り小さいくらい。形は饅頭に似ている。


「……ずっと思ってたけど、それ、何?」

「俺の相棒。俺のスキル、スライムマスターだから」


 口にした途端、ソラが俺に憐れみの視線を寄越す。まぁ、こんなのは慣れっこなので、特に気にしない。


「言っとくけど、スライムマスターって結構便利なんだぞ。他のやつはろくに調べもしないでゴミスキル認定したけどな。こんなこともできるんだ」


 ソラに何も言わせないうちに、スラミをその頭に乗せる。


「え、ちょ、何?」

「おとなしくしてな。すぐ終わるから」


 スラミがソラの頭を包み込む。もぞもぞと蠢きながら頭皮の汚れなどを落として、さらに髪も綺麗にしていく。スライムは生き物を体内に取り込んで消化、吸収することができる。その力を体の表面だけで使用するのだ。

 こっちの世界ではシャンプー、リンスも一般にはあまり普及していないので、スラミの手入れは非常に役に立つ。

 五分もしないうちに、頭皮も髪も綺麗になり、スラミが離れる。


「すごいぞスラミ。今日も絶好調だな」


 どんなもんだい! とスラミが嬉しそうにふるふる震える。スラミは残念ながら言葉を発することはできないが、俺の言葉を理解しているし、俺の頭に直接語りかけてくることもある。


「……スライムに話しかけてる」


 ソラが再び憐れみの目をする。


「いいんだよ。スラミはちゃんと俺の言葉がわかるんだ。な?」


 うんうん! とスラミがまたふるふる震える。そう、俺達はちゃんとわかり合えている。ただ、これはスライムマスターのスキルのおかげらしく、スラミは他の人に話しかけられないし、他の人間の言葉もスラミには理解できない。

 そのせいで、今の俺は、人形と会話している感じに見られることがある。ちょっと辛い。


「……友達、いる?」


 ソラの問いに、俺は言葉に詰まる。スラミは俺の相棒だし他の誰より信頼できるのだが、それ以外の友達は皆無だ。スライムマスターのせいで皆俺を避けていった。


「……いない」

「そう」

「で、でも、とにかく頭は綺麗になっただろ!?」

「……たぶん。すっきりした」

「うんうん。それじゃあ、次は体な」

「やめて。私、綺麗になんてなりたくない」


 ソラの心の傷は深かろう。綺麗になることが、男に抱かれる前段階のように感じられるなら、綺麗になんてなりたくないかもしれない。

 が、しかし。


「……ダメだ。お前は、これから元気に生きていくんだ。もう、何にも怯えなくていいように俺がお前を守るから、とにかく体を綺麗にしろ。これ、俺から奴隷のお前への命令」


 奴隷は主人の命令に逆らえない。そういう魔法を刻まれている。ある程度抵抗はできるが、痛みは走るし相当に気力も体力も使うので、逆らい続けるのは難しい。奴隷商人のあの男も、ソラを自分の奴隷にすれば、ここまで痩せさせて「商品価値」を下げることはなかったと思う。色々と事情があるのだろうか。

 ソラの左手に魔法陣が浮かび上がって淡く光り、すぐに消えた。抵抗の意思はないということだ。


「……ふん。好きにすれば」

「おう。そうする」


 スラミをソラの体の上におき、這わせる。俺もよくやってもらうが、これが案外気持ちいい。もちろん、性的な意味ではない。つるつるすべすべなものが通りすぎていったと思ったら、体が綺麗になっているのだ。風呂に入るより楽だし早い。こっちでは風呂は基本的に銭湯で、金もかかるし移動も面倒くさいのだ。


「痛くはないはずだ。気持ち悪くもないだろ?」

「……まぁ、ないかな」

「あんまりデリケートな部分を触るのはなんだから、ある程度にしておくよ。慣れたら全身やってもらうといいぞ」

「……なんか、それ、エロい」

「……言うな。体を綺麗にするための健全な行為だ」


 まぁ、全身くまなくというとかなりあれな絵にはなるのだが、多目に見てほしい。俺にしてもらうときもスケベな感じにはしていない。というか、童貞を捨てるまでは、女以外の何かでスケベな感じのことはしたくない。

 まもなく施術も終わり、ソラの体がある程度綺麗になる。肌はつやつや、臭いもしない。細すぎてまだ女としての魅力は感じないが、ここからスタート、という感じがしてきた。


「次は、飯だな!」

「食欲ない」

「それでも無理矢理食わせるからな!」


 食料を保存している冷蔵庫代わりの木箱を空け、ごそごそ中身を物色。冷凍の魔石で冷気が保たれているので、ある程度品質は保たれている。

 それから簡単に料理をして、チキンスープを作る。おまけにアボカドに似たラシャという果物も用意。


「ほら、食え」

「いらない」

「いらなくても食わせるぞ。主人の命令」


 それから、ソラの左手に魔法陣が浮かび上がる。それはすぐには消えず、淡く光り続ける。ソラの顔が苦痛に歪んだ。


「おいおい、こっちは抵抗するのかよ。ああ、もう、わかった、命令止め。とりあえず水だ、水を飲め」


 命令を中断すると、魔法陣も消える。ソラが荒い呼吸をして、実に苦しそう。ぎりぎり生きてるような状況で、よく抵抗できたもんだ。


「……言っとくけど、体型維持はしてもいいが、死ぬことは許さないからな」

「どうせすぐにうんざりして、死んでほしくなる」

「そんなことねーよ。まぁ、いいや。置いとくから、食べたいときに食べろ」


 俺の言葉を聞き終えて、ソラが目を閉じる。体力に限界が来たのか、すぅすぅと寝息を立て始めた。

 本来なら、今頃はこのベッドの上で大人の階段を上っているはずだった。しかし、迸っていた性欲も、今は鳴りを潜めている。異世界生活にも慣れ、人間性もかなり変わってきたとは思うが、傷ついた人を見ても平気でいられる精神はしていないらしい。


「……ま、ここまできたら急ぐ必要はないか。ゆっくり行こう。……あれ? ところで……」


 いざ、身近に女の子がいる状況になって、ふと思う。


「この世界、避妊ってどうすんだろ?」

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