千年の犬
そいつを引き取ったのは二十五のとき、仕事にも慣れた頃だった。オヤジから急に「ペット可のマンションに移れ」と実家をたたき出され、ようやく落ち着いたかと思った矢先に、玄関前に現れた。こうして俺は、この柴犬によく似た神様の、八代目お世話係になったのだ。
齢498歳だというこの犬みたいな何かは、何の芸もできなかった。お手もおかわりもフセもマテもできないこいつは唯一、俺の知り合いに向かって尻を向けるクセがあった。大方、何代か前の飼い主が面白がって仕込んだのだろう。俺が「久しぶり」というと、こいつはその相手にぴんと尻を向ける。
彼女にこいつを紹介したときもそうだった。犬が好き、とトイプードルの子犬の待ち受けを見せてきたくらいだから、てっきり大喜びするだろうと思って会わせたのに、うららかな昼下がりの公園で、彼女は甲高い悲鳴をあげた。一目散に逃げた彼女にフラれたのは、その日の夜だった。
あの時、彼女が何を見たのかは今となっては分からないが、後日、元カノが逮捕されたことを知った。何か違法な商品を取引していたらしいが、今の俺にはどうでもいいことだ。俺はテレビから視線を逸らす。あのとき、昼間の公園で狂ったように憔悴する元カノをなだめていた妻は今日も、ふかふかの尻に向かっておすわりと根気強く話しかけている。
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