羨望フラッシュ
小六で身長が170を超えた。猫背で歩くわたしの背を叩き、両親はわたしを芸能事務所へ連れて行った。なれない衣装で、自分のものではないポーズのままカメラに向かって笑うのは、正直言って得意じゃなかったけれど、自分の居場所はここにしかないと本能的に分かっていたから、がまんした。
中学生向けのファッション誌の撮影で、彼女と出会った。頭一つ低い位置にある彼女の目が、最初にわたしを捉えたとき、一番はじめのあいさつは「ダサい」だった。「なにそのレース、素材死んでるじゃん」はっ、と鼻で笑ってブランド物のスカートをひるがえした彼女とは、仲良くなれないなと思った。
彼女は売れっ子だった。なんの因果か、わたしは彼女と人気投票で常に一位を争うハメになった。彼女はファッションに興味のないわたしから見てもセンスが良くて、背は低かったけれどスタイルは抜群で、そして何より、服の魅せ方を知っていた。どうしてそんな子と自分が競っているのか分からなかったけれど、彼女のことを本気ですごいと思っていたからこそ、張り合える自分が、すこしだけ誇らしく思えた。
高校生になり、彼女とは同じ雑誌に載らなくなった。わたしはキレイ系、彼女はかわいい系というラベルが張られた。あちこちで卵が割れるみたいに、美人な子は次々に現れて、彼女とわたしの小さな分岐は、やがて越えられないほどの距離になった。大きなショーへの出演が決まったころ、彼女がモデルを辞めたと、風のうわさで聞いた。彼女の身長は157センチで止まっていた。わたしはそのとき、181センチになっていた。
身長だけでやっていける世界ではなかった。わたしは勉強した。ファッションについて、ボディケアについて、歩き方について、服の魅せ方について。歳と反比例して仕事は減って、わたしはモデル以外の仕事も積極的に受けた。ドラマ出演では盛大に叩かれた。バラエティーでの発言が炎上した。機械音痴すぎてSNSはバズらなかった。コラムの執筆は、読書感想文をネットで丸パクリしていたわたしにとって鬼門だった。モデル人生で衝撃をうけたこと、というテーマに、わたしは彼女との出会いを書いた。溜まりにたまった便秘をひねり出すように苦しんで、わたしはなんとか書き上げた。
掲載された雑誌が発売されてからすぐ、SNSにコメントが来た。「まだ私服、ださいの?」
彼女は写真家になっていた。より身長が高く、スタイルよく写る方法を考えているうちに、撮る側になっていたという。「置き去りにしておいて、よく言うね」というわたしのメッセージへの返事は、三日後に来た。「あんたがとろいからでしょ」
フラッシュが光る。総レースのワンピースをひるがえして、わたしはほほ笑む。レンズ越しに、彼女がにやりと笑った気がした。
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