灰生の魚
十歳のとき、サマースクールの講師としてやってきた先生の話は、ぼくの人生を一変させた。山火事の煙から生まれる空中魚は、大きな個体が小さな個体を飲み込んでいくことで最もすぐれた一匹を選び出す。そして最後に残ったヌシが雷を呼び、新たな山火事から子どもを生む。不思議な生態を目を輝かせて話す先生の話に、ぼくは雷に打たれたように夢中になってしまった。
大学は迷わず先生のゼミに入った。ぼくがサマースクールのことを話すと、先生は「これまた一段と頭のおかしなヤツが来よった」とそっぽを向いた。先生との研究は、どんな映画や小説よりも刺激的だった。無色虫の大移動を追いかけ、河サラマンダーの巣を探し、青空をゆうゆうと泳ぐ空中魚のヌシの捕獲を成功させたときは、隈だらけの顔で涙を流してだき合った。論文は着々と進み、ぼくはスキップで博士課程を終えると最年少で准教授になった。
そんなある日、先生はぼくを呼んで「出ていけ」と言った。ぼくは驚いて、先生と研究したいと力説したけれど、先生は頑として首を縦に振らなかった。
「親離れしろ」先生は吐き捨てるように言った。「いつまでもちょろちょろとまとわりつきよって。もう教えられることは何もない。さっさと自分の城を持って、賞でも名誉でも貰うがいい」
ぼくは荷物をまとめて与えられた部屋に移った。自分の名前のついた教室には、少ないながらも熱意のある学生が集まってくれて、次第ににぎやかになっていった。学生たちは皆いいやつだったけれど、ぼくの研究は誰にも手伝わせなかった。先生がいない分、論文を書くペースは落ちたけれど、ぼくは諦めなかった。
三年後、ぼくは学会発表で最優秀賞をもらった。立派な症状とトロフィーをもらったぼくは、その姿のまま壁際で授賞式を眺めていた先生の前に立った。空中魚の共食いは、実は集合しているだけであり、もっともすぐれた一匹がのし上がるのではなく、集まることで雷を起こすほどに強く大きくなることを証明したぼくの研究は、この分野の分岐点だと絶賛された。「ぼくの立てた新しい仮説に文句があれば、いつだって受けて立ちますよ」とトロフィーを突きつけるぼくに、先生は目を丸くしたあとにやりと笑って「次の学会を楽しみにしておけ」とぼくを小突いた。
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