強炭酸青春

「まだサイダー好きなの?」

 同窓会で、クラスで一番人気のあった彼女にそう訊かれてとまどった。どうやらぼくは高校生時代、影で『サイダーマン』と呼ばれていたらしい。十年越しの不名誉な真実に、ちょっとだけ傷つきながらも、「飲んでないよ」と答えたら、意外そうな顔をされた。「サイダー以外、飲まない主義かと思ってた」彼女は磨きのかかった黒髪を揺らして、ぼくに笑いかけた。そんな奇特な高校生活を送ったつもりはなかったけれど、確かに毎朝買っていたのは、炭酸だったかもしれない。

「でも、分かる気がするな」彼女は言った。「白シャツでサイダー飲むなんて、なんだか学生の特権って感じ、するもんね」

 サイダー談義に花が咲いて、彼女とはそれ以降もメッセージを送り合う仲になった。これがウワサの同窓会マジックか、なんて思いつつ、立ち寄ったスーパーで清涼飲料水コーナーに向かう。緑のキャップに瓶みたいなフォルム。いつから買わなくなったんだっけ。たぶん、大学入って酒を覚えてからだ。ビール、チューハイ、ハイボール。炭酸の幅は広がって、わざわざサイダーを飲まなくてもよくなった。久しぶりに飲んだアルコールのない甘い水は、チューハイよりも炭酸の粒が大きくて、強すぎる刺激に思わずむせた。

 マジックは長くは続かなかった。思い出話が終わると、大学院で研究に励む彼女と、高卒で就職したぼくの間に、共通の話題は無くなった。まるで泡が抜けるように、メッセージは来なくなった。一週間以上返事のない通知画面を消す。手の中のボトルの縁には、真珠みたいにまるい泡が、ぶつぶつとのぼっていく。小さい頃、こうして飽きずに眺めていたのを覚えている。舌や頬をちくちく刺す痛みが苦手で、そんなぼくをからかう大人たちも嫌いだった。ぼくは、炭酸が嫌いだった。

 誰もいない教室で、窓際のぼくの机に腰かけて、炭酸をあおる細い首筋を思い出す。本当は、彼女が先に飲んでいたのだ。優等生だった彼女は、ぼくが見ていることにも気づかずに、舌をのばして最後の一滴を舐めとると、手の甲でくちびるを拭った。ぬれて光るくちびるの赤さを、今でもぼくは覚えている。

 手に力をこめると、しゅわっと音が鳴った。キャップをしめて少し振る。傷口を痛めつける消毒液みたいな音が聞きたくて、何かに突き動かされるように振り続ける。そのボトルを持ったまま、ぼくはベランダに出た。一階のベランダは、生け垣に覆われて空は見えない。

 キャップをひねった。花火のような音がして、目の前に真っ白な花が咲いた。

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