毒にも薬にも恋にもならない
最近、学校では『想いの実』に恋心を吹き込んで告白するのがはやっている。一風変わったこのお菓子に、少女たちは桃色のくちびるをくっつけて、甘酸っぱい言葉を吹き込んでは、意中の人に渡すのだ。成功率は百パーセント、あの二つ上の王子様も、この告白で落ちたんだって。そんな根も葉もないうわさに惑わされ、わたしもついつい手に入れてしまった。クルミくらいの白い菓子は、マシュマロのようにやわらかい。「告白なんて、そんな大それたこと無理」という気持ちと、「せっかく手に入れたんだから」という気持ちがせめぎ合いつつ、わたしは手に乗せたそれに、ありったけの想いを込める。ピンクに染まったその実をきれいにラッピングし、ドキドキしながら先輩のロッカーの前で取り出そうとして、失くしたことに気づく。
慌てて教室にもどると、クラスメイトがちょうど、わたしの実を口の中に放り込んだときだった。羞恥と動揺でわたしは泣いた。「誰にも言わないで」と泣いた。たまたま拾ったという彼は、勝手に食べておきながら、最高に意地の悪い笑みを浮かべて「ならひとつ言う事を聞け」と言った。この味は気に入った。毎日もってこい、と。
わたしは毎日、先輩への恋心を好きでもない男に捧げた。はじめはどうかと思ったけれど、大きな穴のなかに叫んでいるのと同じことだと気づけば、なんてことなかった。一度失敗に終わった告白に、もう一度挑戦する勇気はなかった。降り積もる恋心の発散にはちょうどよかった。
長くは続かなかった。ある日、先輩が彼女と歩いているのを見てしまった。仲睦まじげに組み合わさった手を見つめながら、わたしはまだ真っ白だった実を握りつぶした。コインのように平たくなったそれを持って、わたしは彼に「もう作れない」と言った。彼は黙って話を聞いて、それから「悪いことをした」と頭を下げた。わたしは黙って頭を振った。言い訳にしていたのは、いくじなしのわたしの方だからと。しおらしくうなだれたわたしの頭を、彼は遠慮なく叩いた。それから実を奪うと、包みを開いてわたしの口に押し付ける。なにすんのよ、という声がしみ込んで、茶色くなった。あとはもう、止まらなかった。どうしてわたしじゃないんですか。つまりはそのようなことを二時間ほど言い続けて、やがて側溝に溜まった水みたいな色になった実を、彼は躊躇なく飲み込んで倒れた。「くそマズイ」と呻く彼の頭を膝にのせ、わたしは目じりをぬぐって小さく笑った。
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