偏食の鬼
殺されたくなければ採れたイモを献上しろ。そう脅す鬼に、わたしたちは困惑した。夜に子ども一人で立たせておけば、腹のすかせた蚊よりも先に鬼が来る世の中で、そんなことをヒトに言う鬼ははじめてだった。残念ながらイモの時期じゃなかったので、おそるおそる大根を持っていった隣の亭主は、きっと帰ってこないだろうと誰もが思ったが、翌朝、亭主はまったく無傷で帰ってきた。それどころか、「よく肥えた立派な大根だ」とお褒めの言葉さえもらったと喜んでいた。一風変わった鬼は村の外れに住み着いて、作物をもらう代わりに田畑を荒らすイノシシやタヌキを追っ払ってくれた。大人たちはいい顔をしなかったけれど、長く尖った爪で大根をわしづかみ、するどい牙でかぶりつく変な鬼の姿に、わたしはすぐ夢中になった。イモばかりねだる鬼に「好き嫌いしちゃいけないんだよ」と教えてあげると、「鬼には関係ない」と鼻で笑われた。
赤とんぼが飛び交う季節に、今年も収穫祭が行われた。刈り取られた田んぼの真ん中で神さまに子どもを奉納してから、村人総出の大宴会を行うのだ。大人も子どもも夜を明かす、村一番の催事だった。今年は例の鬼も呼んでやろう。誰かがそう言って、当番だったわたしが呼びに行くことになった。
鬼は洞窟の中で眠っていた。わたしがたくさんのご馳走が並ぶと伝えると、鬼は嬉しそうに腰を上げた。「たしかお前は、沢のそばの子どもだな。お前の家のイモはうまかった」とわたしの頭に置かれた手は温かかった。だからわたしは、その手を振り払うと、転がるように逃げ出した。鬼は追ってはこなかった。
わたしが戻ると、すでに準備は整っていた。四方にしめ縄を張り巡らせ作られた舞台の向こうに、神さまはいた。わたしが鬼をつれていないことに気づいた父が、おそろしい形相でわたしの頭をつかんだ。お前が責任をとれ、と父は冷たい手でわたしを神さまの眼前に放り込んだ。神さまは長く伸びた二本の角を月に光らせながら、じっとわたしを見おろした。
鬼を食べてやろう、と言っていた神さまも、今日ばかりは気分が変わったらしい。せまりくる尖った爪先を見ながら、わたしは去り際に見せたあの変わった鬼の、傷ついた顔を思い出していた。首を切られる直前に、その手が遠くに飛んでいった。気づけば神さまは、野菜しか食べないあの鬼に喰われていた。鬼は血をしたたらせた口元を拭ってから、「まずい」と一言つぶやいて、それから自分の片腕をちぎって地面に放りなげた。
血で引いた赤い線で囲われた村は平和になった。からっぽになった洞窟の前に、わたしは今日も採れたばかりのイモを供える。
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