わたしが湖畔に住む理由

 思えばゲイルは、最初から様子がおかしかった。両親と訪れた魔法小動物店で、他のドラゴンが勢いよくエサをむさぼっているなか、彼だけがじっとわたしを見つめて動かなかった。

 ゲイルはエサを食べなかった。水しか口にしないから、わたしがはじめて覚えた魔法は、いろんなものを水に溶かす魔法だった。砂糖に塩、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラル、その他もろもろ。毎食毎食バランスを考えて調合するのは手間がかかったけれど、好き嫌いせずぐびぐび飲むゲイルの姿を見れば、面倒な気持ちもすぐに吹っ飛んだ。ヒイラギの葉っぱみたいな羽を、ぱたぱた動かし手に乗ってきていたゲイルは、気づけば箒の丈を越し、薬草学で使う大鍋より重くなり、ついにはベッドのサイズを超えた。他の家ドラゴンが水晶玉をどけた敷布の上で丸くなっているとき、ゲイルは馬房の四分の一を占領して、他の馬がおびえて逃げるようないびきをかいて眠っていた。ゲイルは物を食べない代わりに、おそろしく甘えん坊だった。学校に行く前のハグを忘れると、馬房の中で暴れて屋根を落とすから、わたしはどんなに急いでいても彼の元に走って、その鼻づらを撫でてやらなければならなかった。

 わたしが学校を卒業するころには、ゲイルは馬房全部を使っても収まりきらないほど大きくなっていた。心を鬼にして食事を抜いても、体積は増えるばかりだった。わたしはゲイルを山奥の生物研究所に連れて行った。建物のとなりには直径三キロの湖があって、自重で飛ぶどころか歩くことも難しくなっていたゲイルは、よろこんでその湖を新しいベッドにした。

 目を輝かせてゲイルのことを調べてくれた研究員は、やがてゲイルの底なしの成長についてある仮説を教えてくれた。なんでも、彼はドラゴンではなく人の愛情で成長する別の生き物で、わたしが傍にいる限り、どこまでも大きくなるだろうとのことだった。手放すか、あるいは責任をもって処分するかを考えなければならないと彼は言った。ゲイルはもう、膨らみ過ぎたパン生地のように湖からあふれ出て、三階建ての建物と同じくらいの大きさをした頭を撫でるのに、わたしは箒で高く飛び上がらなければならなかった。

 ゲイルを海に沈める前日の夜、わたしは箒でゲイルの眉間に降り立った。滑らかなうろこの上に膝をついて、ぎゅっと両手を伸ばして寝ころぶように抱き着いた。帆を広げていないヨットくらいありそうな目がそっと細くなった。最後にそっとキスをして立ち上がると、わたしは懐から杖を取り出して、かつて毎日唱えていた呪文を紡いだ。

 翌日、わたしは集まってくれた大勢の転移魔法師に頭を下げ続けた。ゲイルの溶けた湖はほんのりと緑に染まっていて、甘さとしょっぱさの混じった味がした。

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