第35話
他の組は慌てて山に入っていく。
しかし、アレクシスたちの歩みはゆっくりとしたものだった。
三人は歩きながら今日の方針を話していく。
「さて、今回の山での野外演習は実際に魔物との戦闘がある。僕は魔物との戦闘経験はわりとあるほうだからいいんだけど、リーゼとユリアは少ないよね?」
学院でも魔物との戦闘の機会はあるが、それは授業の一環であり安全に配慮されたうえのものである。
「はい、私は冒険者としての活動もしていないので、授業で戦った三度ほどです」
対人戦闘訓練は授業でも、アレクシスとも何度も行っているが、考えが読めない魔物との戦いとなると、気をつけることが変わってくる。
「なるほどね、それじゃあ今回は基本的に全ての戦闘を二人に任せたいと思う。まずは魔法を中心にやっていこうか」
アレクシスの指示を受けて、リーゼリアとユリアニックは不安そうな表情になる。
「……わかりました。でも、どうしても基礎魔法のウォーターボールだと威力が弱くて、魔物を倒しきれないかもしれません」
「私も魔力が弱い、です」
リーゼリアの魔眼は低位の魔眼であり、ユリアニックは魔力が弱いため、二人揃って肩を落としている。
しかしアレクシスには考えがあるためニコリと笑う。
「そう思って一つ考えがあるんだ。それを試してほしい」
「わ、わかりました」
「わかりました、です」
これまでアレクシスの指導で間違っていたことがないため、二人とも不安に思いつつも同時に期待を抱いていた。
リーゼリアは水系統の魔眼の低位ランクで、名前もそのまま『水の魔眼』である。
ユリアニックは土系統の魔眼の中位ランクで、名前は『地の魔眼』。
水の魔眼で使えるのは、ウォーターボールとヒーリングウォーターの二つだけ。
ユリアニックは地の魔眼持ちだが魔力の問題でが使えるのは、サンドボールとサンドエアの二つだけ。
ウォーターボールは水の、サンドボールは砂の玉を打ち出す魔法。
ヒーリングウォーターは回復魔法で、サンドエアは砂を空気中にまき散らすだけの魔法。
そのどれもが殺傷能力の低い魔法だった。
「リーゼもユリアも魔力のコントロールがかなりできるようになってきた」
アレクシスの指導を受けてからも二人は毎日魔力の循環を練習している。
今では歩きながらでも意識すれば魔力の体内循環を行うことができるまでになっていた。
「ありがとうございます」
「嬉しい、です」
アレクシスに褒められるのは嬉しいらしく、二人とも頬を赤くしてはにかんでいる。
「だから、僕が考えている方法も使えると思うんだよね。魔力の圧縮」
「魔力の」
「あっしゅく?」
アレクシスの言っていることの意味がわからず、リーゼリアは右にユリアニックは左に首を傾げていた。
「うん、一度実践して見せるね」
――水の魔眼起動――
アレクシスは二人の前で何度も魔眼を使って、色々なことを実践して見せている。
しかし、白紙の魔眼である彼がなぜ他の魔眼の力を使えるのか? それについては説明していない。
彼女たちも質問はしなかった。
質問しないからこそ、二人は弟子でいられている――そんな風に思っており、いつかアレクシス自身が教えてくれるだろうと考えていた。
「いくよ……ウォーターボール」
水の基礎魔法だったが、アレクシスが放った魔法は木にぶつかっても四散することはなく、木を貫いて穴をあけていた。玉のサイズも通常のソレよりも、小さくビー玉程度の大きさになっていた。
「…………えっ?」
それを見たリーゼリアはそれだけ声を出して、呆然と木の穴を見つめていた。
――土の魔眼起動――
「続けて……サンドボール」
今度は砂の玉が別の木へと向かっていき、こちらも同様に穴をあけた。
「…………です?」
ユリアニックも同じように木の穴を呆然と見つめていた。
二人とも自分が知っている魔法とは明らかに異なる結果を見せたため、驚きの渦中にいた。
「な、なななな、なんですかあれええええ!」
先に正気に戻ったリーゼリアは木とアレクシスを見比べて大きな声を出す。
「で、ですです!」
遅れて我を取り戻したユリアニックも、驚きながらリーゼリアの言葉に続く。
「今のが圧縮した魔法だよ。そうだなあ……」
アレクシスは近くにある木から数枚の葉っぱをとる。
「例えばこの葉っぱをリーゼに向かって投げる」
すると葉っぱはアレクシスの手から離れたところで、彼女に届くことなくひらひらと舞い落ちる。
「と、まあこうなるわけだ」
「はあ」
アレクシスが何を言いたいのかわからず、リーゼリアは気の抜けた返事をして首を傾げていた。
「でも、この数枚の葉っぱを、こうやって小さく丸めて、圧縮する。今度はこれをユリアに投げるよ」
丸めて小さく潰した葉っぱをユリアニックに投げると、彼女の腕のあたりにぶつかって落下する。
「あっ、届いた、です」
今あったことをそのまま口にするユリアニックにアレクシスがニヤリと笑う。
「そう、これは葉っぱを小さく小さくしてその大きさを小さく集中させたからユリアまで届いたんだよ。これを水の魔法に置き換えて考えよう。普通に水の玉を出してもバケツの水を思い切りかけるのと差はない威力だよね」
「はい」
リーゼリアは真剣な表情でそのとおりであると頷く。
「だけど、その水をもっともっと圧縮して小さな玉にする。それを思い切りぶつけるとどうなるかな?」
「威力があがる、です?」
「そのとおり!」
ユリアニックの答えを聞いたアレクシスはやや大げさに正解を告げる。
「二人がいつも使っている魔法の玉。それを小さく小さくなるように魔力を操作する。そして、小さくなった玉を思い切り放つ。すると……」
「「強い魔法が撃てる!」」
二人は声を揃えてアレクシスの言葉に続き、その答えを聞いた彼は笑顔で頷いた。
「じゃあ早速やってみよう。まずはいつものように魔力の循環をやってみよう」
頷くと、リーゼリアとユリアニックは身体の中で魔力を循環させていく。
「うんうん、ここまではいいね。次はその魔力が少しずつ掌から出ていくのをイメージするんだ。いいかい、少しずつだよ。それがだんだん水の玉になる。その大きさのイメージは拳くらいのサイズだ」
その指示を受けて、二人は魔力を集中させて徐々に
「はい」
「難しい、です」
リーゼリアは言われたとおりに魔力を集中させて、小さな水の玉を作り出した。ユリアニックも苦戦はしているようだったが、それでもなんとか小さな砂の玉を作り出すことに成功していた。
「うん、いいね」
「ふう、結構集中が必要ですね」
アレクシスに褒められると、リーゼリアは水の玉を消去する。
「むむむ、維持するのが大変、です。あぁ……」
ユリアニックは維持しきれずに、砂の玉が消えてしまった。
「ユリアはもう少し大きくしてもいいかもね。小さいほうが魔力のコントロールが難しいから、いつもの魔法よりも少し小さくなるように意識して、少しずつ小さくしていこう」
「は、はい、です!」
気合を入れるとユリアニックは再度魔力の循環から始めていき、手のひらに砂の玉を作り出していく。
「うん、いい感じだ。それを意識せずに生み出せるように頑張ろう」
「はい、です!」
そこからは砂の玉を作り出しては消すという作業を続けていく。
「さて、それじゃユリアは次の段階に進んでもらおうか」
まだ最初の段階であることはユリアもわかっていたため、真剣な表情で頷く。
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