第36話


「作る水の玉の大きさはさっきと同じで、込める魔力を増やすんだ。できる限り多くの魔力で玉の大きさを維持するように」

 先ほどは魔力量を調節して大きさを小さくしていた。しかし、今度は同じ大きさを維持したまま魔力を込めていく。


「わかりました。すーはー」

 リーゼリアは返事をすると深呼吸を一度する。

 そして、掌に魔力を集中させる。作り出された水の玉はその密度を増していく。


「いいぞ、そのまま少しずつ魔力を流していくんだ」

「くっ、あぁ、壊れちゃいました……」

 先ほどと同じサイズの水の玉に魔力を込めていたが、魔力の形成がうまくいかなくなり、破裂してしまった。


「いいかい? 魔力を膨らませるんじゃなく、さっきの葉っぱみたいに魔力をぎゅーっと圧縮させていくんだ。さっきの水の玉のサイズに魔力を圧縮させて詰め込むんだ。さあ、もう一度やろう」

「はい!」

 アレクシスの指示は的確で、彼女はそのイメージ通りに魔力を操作していく。そこに込める魔力量だけ増やしていく。


 しかし今度は魔力を圧縮して、できるだけ小さくするイメージでゆっくり、ゆっくりと魔力を流していく。


「ふううう」

 水の玉を掌で維持しながら、リーゼリアは大きく息を吐いた。

 先ほどのサイズを維持したまま、しかし込められた魔力量は多くなっている。


「おー、いいじゃないか。いきなりそこまでできるのはいいね。それを維持できるように頑張っていこう」

 リーゼリアは筋がよく、順調に魔力操作を身に着けていく。


「さて、ユリアは……うん、悪くないね」

 アレクシスがユリアニックを確認すると、サイズは大きいもののそれでも通常のものよりは少し小さいサイズのものを作ることができている。


「あ、ありがとう、です」

 集中を途切れさせると魔法が消失してしまいそうなため、ユリアニックは視線を手のひらから動かさずに礼を口にする。


「そうだなあ……それじゃあ、ユリアには別のやり方をしてもらおうか」

 その様子を見て、リーゼリアと同じことをしても進捗は厳しいと考えたアレクシスは彼女に適した方法を考える。


「あ、あの、ダメ、ですか?」

 自分はちゃんとできていないのか? と不安そうな様子でユリアニックが尋ねる。


「いや、そうじゃないよ。向き不向きがあるってことだよ。ユリアは魔力操作もできるからそれをリーゼとは別の形で使っていこうと思ったんだけど……どっちがいい?」

 リーゼリアと同じやり方でもいい、新しいやり方でもいい、とあくまで選択をユリアニックに委ねる。


「……別のやり方でお願いします、です!」

 ユリアニックは考えた末の結論をアレクシスに伝える。


「よし、それじゃあユリアは槍を持ってくれるかな? さっきは魔法だけって言ったけど、ユリアの魔力操作力の場合魔法として打ち出すよりも武器として使ったほうがいいと思うんだ」

「武器として……?」

 アレクシスの言葉の意味が理解できず、ユリアニックは首を傾げている。


 隣を歩きながらリーゼリアもアレクシスの説明に耳を傾けていた。


「そう……実際にやってみせようか。うーん、これでいいかな」

 足元にあった木の棒をアレクシスは拾い、まるで剣のように構える。


「自分の身体に魔力を流して身体能力を上げる方法は二人には教えたと思う。今度のやつはそれの延長線上になるんだ……いくよ!」

 アレクシスは二人に見せるために順番に行っていく。


 魔力を体内に循環させる。

 身体中に魔力を流して身体能力を強化する。ここまではリーゼリアもユリアニックもできるようになっている。


「ここからだよ」

 身体を覆う魔力をそのまま木の棒に流していく。木の棒を魔力が覆っているのは見ている二人もわかっていた。


「これで、えっと……あの岩でいいかな。あれを斬ります」

「「えっ?」」

 いくらアレクシスが強いといっても、そのへんで拾ったただの木の棒でそれができるなんて……そう思っていた二人だった。


「せい!」

「「えっ?」」

 しかし、木の棒が岩を真っ二つにするのを見て先ほどと同じ反応をしてしまう。今度は先ほどの信じられないという反応ではなく、驚きという意味で。


「それじゃあ、リーゼは続けて小さい水の玉に魔力を込める練習を。ユリアは槍の先端に魔力を流す練習をやりながら登っていこう」

 そう口にしたユウマは小さな水の玉を数個作って手のひらに浮かべていた。


「……がんばろう!」

「うん!」

 まだまだ追いかける背中は遠いと判断した二人は気合を入れ直して、与えられた課題にとりかかっていく。


 道中で練習の結果を試すため何度か魔物と戦い、休憩をいれてと、アレクシスたちはゆっくりと宿泊施設に向かっていた。

 にも関わらず、彼らが一番に到着することとなった。


 目的地ではワズワースが仁王立ちで待機しており、アレクシスたちがやってきたのを見て首を傾げている。


「思っていたよりも遅かったな? お前たちならもっと早く到着するかと……いや、それよりも他の生徒たちが一組も来ないんだが……」

 アレクシスたちが遅いのは、彼らなりに考えがあってのことだとワズワースは推測していた。


 しかし、山に入ってから既に三時間近く経過しているにも関わらず、到着したのはこの三人だけである。


 ――何かがおかしい。


 ワズワースだけでなく、アレクシスも同じことを感じていた。


「先生……静かすぎます。それに、魔物も少ない。僕たちはゆっくりと魔物と戦いながらやってきました。でも三時間かけても五体しか戦えませんでした。訓練にはちょうどいい数でしたが、この山であれば、それだけの時間をかければ、もっと多くの魔物と戦えるはずです」

 これはアレクシスの冒険者としての経験から算出された数字であり、ワズワースも頷いている。


 四人は山の変化を探るように沈黙して耳を澄ませる。すると遠くからなにやら音が聞こえる。


「先生! まずいです、何かいます!」

 そういうと、アレクシスは音がする方向へ走り出す。


「アレク君!」

「アレクシス君!」

 それに続くリーゼリアとユリアニック。


「おい! くそっ、生徒だけ行かせるわけにはいかないだろ!」

 それをワズワースも追いかける。


 アレクシスを追いかける二人は内心で驚いている。

 どんな時もアレクシスは落ち着いていた。そんな彼がここまで動揺している姿を見るのは初めてのことだった。


 アレクシスの全力についていくのはやっとだったが、それでもなんとか置いていかれないように追いかけていく。


 走りはじめて、十分経過したところで音の正体が明らかになる。


「ベヘモス!」

 アレクシスが魔物の名を呼んだ。


 地球でもその魔物の名は知られており、悪魔であったり、神に作られた獣であったり、巨大な魔物であったり、カバのような姿であったり、サイのような姿であったり、ゾウのような姿であったり、様々に伝えられている。


 そして、この世界でのベヘモスの姿はというと、頭は凶暴な牛のようであり、身体は四足歩行だが人間のような筋肉質、加えて背中には大きな甲羅のようなものを背負っている。


「こ、これが、ベヘモスですか?」

 見たこともない魔物、彼女も普通に知っているくらいに知名度の高いベヘモスにリーゼリアは驚いている。

「お、大きい、です!」

 ユリアニックはその巨大さに驚いている。


「ちっ! なんでこんな化け物がこんな場所にいやがる!」

 化け物というワズワースからの言われようにふさわしく、その大きさは全長で十メートル以上はある。


 しかし、彼らの驚きを更に跳ね上げるような発言をする。


「ワズワース先生、こいつはまだ幼体です!」

 アレクシスはこの世界に来てからも多くの知識を身につけており、魔物についての情報量もかなりものだった。


「こいつで幼体だと!?」

 ワズワースはベヘモスから目をそらさずに驚いている。


 十分な大きさであるにも関わらず、これでも子どもであるということは驚愕に値する。

 ベヘモスから離れた場所には怪我をしている生徒の姿があった。


 今回の監督として選ばれた上級生と教師によって退避させられているものの、現在の状況は危険極まりないものであることは誰もが認識している。


「教師、上級生は一年生を連れて離れていろ! 大人数で立ち向かってもけが人が増えるだけだ!」

 ワズワースは瞬時に状況を判断して、監視役の教師、生徒に指示を出していく。

 そして、アレクシスを視界に捉えながら話をする。


「本来ならこんなことを言うのは教師としてあるまじきことだが……アレクシス、戦力として期待している」

 冒険者としても活躍していて、この場にいる人間の中でも上位に入るほどに場数を踏んでいる。実力も知識も判断力も高い。


 目の前の化け物を相手にする今となっては、最も信頼できる戦力の一人であった。


「了解です」

 アレクシスは返事をすると、マジックバッグからナックルを取り出して手にはめた。



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