第26話
「そういえば、金ができたら寄りたかったって言ってたが……冒険者になっただけじゃなく、金が用意できたかってことか?」
その問いかけにアレクシスは頷き、カバンからジャラッと音を鳴らしながら金を取り出す。
「ははっ、こいつはすごい。それだけあれば好きな武器が選べるぞ……と、言いたいところだが、いつかこの店を訪ねる時を考えてお前さん用の武器を何種類か用意しておいてあるんだ」
ニヤリと笑いながらスパイトはアレクシス用の武器がしまってある倉庫がある方向へチラリと視線を向ける。
「えっ、僕のために? 今回の来たのだってたまたまですよ……?」
「ニコラスから連絡を受けていたからな。いつか息子のアレクが店を訪ねることがあったら、そん時にゃピッタリの武器を用意してやってくれってな……で、お前さんはどんな武器を使うんだ? やっぱり片手剣か?」
スパイトはニコラスから連絡を受けるや否や、すぐさま武器の選定をして間違えて売らないように別に分けていた。そうしていつか成長した彼が来るのを心待ちにしていたのだ。
「えーっと、父さんに餞別でもらったのはこの片手剣とナイフなんですけど……どうなんだろう? これが一番適した武器かと言われると、ちょっとわからないです……」
魔眼を鍛え上げることを重視し、それを活かすために体術も鍛え上げていた。
しかし、武器はまんべんなく使うようにはしたものの、これぞ! というものは見つからなかった。
「なるほどな、だったら少し話をしようじゃないか。そのあとに直接武器をもって動いてもらう。まあ、そこに座れ。ちょっと店を閉めてくるから待っていてくれ」
一気に職人の表情になったスパイトは大股で店の扉に閉店の札をかけて戻ってくる。
そして、向き合って座った二人は他愛のない話から始めていく。
好きな食べ物、嫌いな食べ物、家族の話、家ではどんな遊びをしていたか、学院での試験の話、冒険者としての活動の話。
過去に使ったことのある武器の種類。使った武器の使用感。
様々な話をゆっくりと時間をかけてしていく。
アレクシスからすれば、こんな話で何がわかるのか? そんな疑問が浮かぶが、いつしかそんな疑問もどこかに行ってしまうほどスパイトは聞き上手であり、楽しく話をすることができた。
もちろん魔眼についての詳細は話さなかったが、それでもワズワースとの二度にわたる戦いの話を聞いたスパイトは武器の選定を終えていた。
「よし、ちょっと待ってろ。今、お前に適した武器を持ってくる」
スパイトは店のカウンターの向こう側、更にその奥にある倉庫へと移動していく。
しばらくして戻ってくるとやや大きめの箱を手にしていた。
「おう、これだ。開けてみろ」
そしてそれをカウンターの上に置くと、アレクシスに開けるよう促す。
木製の箱は特別な装飾と塗りを施されており、高級感を感じる作りになっていた。
「は、はい」
そのため、緊張した面持ちのアレクシスは箱自体を傷つけないように慎重に開けていく。
すると、箱の中には一組の武器が入っていた。
「これは……手甲?」
装飾が施された籠手のようなものだが、拳までが完全に覆われている。
手の甲のあたりには魔石がはめ込まれており、拳の部分はひと際堅い金属でできている。
「うむ、武器の種別ではナックルという言い方を俺たちはしている。剣を扱うにはまだ技術が足らないだろう。ニコラスに教わったといっても、身体のサイズに対して使いづらさがある。そして、その教師との戦いでお前が思い切りぶん殴ったのを聞いた。これが一番ピンときたんだ。子どもの小さい身体で素早い動きで殴る。この方法がお前さんにはあっている。つけてみてくれ」
スパイトに言われたアレクシスはナックルを手にはめてみる。
少し大きめのそれは、手を入れるとアレクシスのサイズに自動的に調整されていく。
「ふむ、サイズ変化の効果もちゃんとでているな。そのナックルは魔力を流すことで殴る際の威力をあげることができる。それと同時に拳や腕にかかる衝撃を軽減させてくれる。お前さん、魔力も相当なものなんだろ? ルイザからの手紙に書いてあったぞ。だから、使いこなせるはずだ」
それを聞いたアレクシスは軽くシャドーボクシングをする。
「すごい、これは軽い。重量を感じさせずに拳を振ることができる。だけど、ナックル自体にはちゃんと重量があるから威力も申し分ない……これ下さい! いくらですか?」
想像していた以上の感覚に、アレクシスはまるで自分のために作られたかのような武器であると感じており、これは何がなんでも手に入れようと考えていた。
「がははっ、品物にちゃんと金を払おうというのはいいことだ。だが、料金はニコラスから受けた恩で十分賄えている。気にせず持っていくといい。俺とニコラスとルイザからの入学祝いってことで受け取ってくれ」
「父さんと母さんとスパイトさんから……」
王都に来てまで両親の、そしてその友人の温かさに触れることになるとは思ってもいなかったため、アレクシスは思わず涙ぐみそうになる。
「まあ、そういうことだから、金はとっておくといい。いや、マジックバッグを買うといいんじゃないか? 冒険者として活動したり、その武器を持ち歩いたりするなら大量に収納できるマジックバッグが必要だろ」
スパイトは思い出したように口を開いてそう言った。
マジックバッグ――それは両親も持っており、アレクシスも借りて使ったことがある。
空間魔法が施されているバッグで、見た目以上の容量をもっており、多くのものを収納することができるものである。
「なるほど、それはいいですね。そうか、マジックバッグか……うん、そうしよう!」
いつか自分でも手に入れようとは思っていたが、今回は武器を優先しようと考えていたため、すっかり頭から完全に抜け落ちていた。
「魔道具屋なら五軒隣にいけばある。あのばあさんの店ならいいものが手に入るはずだ。スパイトの紹介で来たと言えば、少しはサービスしてくれるはずだ。行ってみるといい」
「わかりました。色々とありがとうございます。この武器に恥じない戦いができるように精進します!」
アレクシスは武器を箱にしまうと大事にそれを抱えて、スパイトに一礼する。
「気にするな。もっともっと稼ぐようになったら、その時に武器を買いに来てくれればいい。あぁ、それとその武器に頼りすぎないようにな。お前さんのために用意したとっておきの武器なだけに、かなり強力なものになっている……だからこそ、自身を鍛えることをおろそかにするなよ?」
これまでいろんな冒険者を見てきたスパイトだからこそできるアドバイス。
強力な武器を持てば、その力で敵を打ち倒すことができる。
それを自身の力だと過信しては、武器を失った時に、壊れた時に、戦うことができなくなってしまう。
「わかりました!」
それをわかっているからこそ、スパイトの助言を心にとめて真剣な表情で返事をする。
「それから預かった剣は明日までに手入れをしておくから、また次の休みにでも取りに来るといい。俺はさっそく作業にとりかかるぞ」
そう言うと、スパイトはアレクシスから受け取った剣をもって店の奥に行ってしまった。
「本当に父さんにも母さんにも、スパイトさんにも感謝しかないな……」
店の奥に頭を下げると、アレクシスは店をあとにする。
アレクシスはその足で、先ほど話にもあがっていた魔道具屋に向かった。
「はいよ、いらっしゃい。何か探し物かい?」
店に入ると迎えてくれたのはスパイトの話にあったように、年老いた女性だった。
パイプをふかしながら少し曲がった腰と長い灰色の髪が特徴的なローブをまとった人物。
「えっと、スパイトさんの紹介で来たんですけど……マジックバッグを買うならこの店はいいと言われまして」
「ほう……? あの偏屈スパイトが紹介とな。それは珍しいこともあるもんじゃ。あやつは気に入った人間以外に心を開くことはないから、あんたはよっぽど気に入られたんじゃろうな」
店主は意外そうにそう話すとケラケラと笑ってみせた。
店主に偏屈だと評される人物が、あれほど自分のことを考えてくれて武器を選択して、かつマジックバッグという助言をしてくれた。そこに父と母の人徳を感じていた。
「それで、マジックバッグを見たいのですが、どこにありますか?」
「あぁ、そこの棚に並んでおるのが全部そうじゃよ。好きなのを選ぶとええ」
アレクシスは指し示された棚へと移動して、並んでいるバッグを見ていく。
それぞれに値札と、特殊効果の説明が記されていた。
ひとえにマジックバッグといってもいろんな効果が付与されている。
そして効果によって値段が変わってくる。
単純に容量が大きくなっているもの。その容量がさらに大きくなっているもの。
容量の制限がほとんどないもの。バッグの中の時間の流れがゆっくりなもの。
バッグの中の時間が停止しているもの。などなど、様々なバッグが並んでいる。
「これは、選ぶのが難しい……」
もちろん理想は、容量の制限がなく時間が停止しているものである。
しかし、そうなると価格もそれ相応になってしまう。
そしてそれを選ぼうとすると、アレクシスの昨日の報酬を全てあてても足りなかった。
「ひっひっひ、うむうむ、気持ちはわかるぞ。どれも良い品じゃが最高の逸品を求めたくなるというもんじゃ。……ふむ、スパイトに認められて、あやつの紹介で来たともなれば少しは勉強してやらねばな」
ケルヒは思いついたように何やら紙にメモを始める。
そして、メモし終わるとその用紙をアレクシスに手渡した。
「これがうちでできる最大限の値引きじゃよ。この価格を見て検討してみておくれ」
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