第27話


「えっ? こんなに安く!?」

 アレクシスは提示されたマジックバッグの提示額を見て驚いていた。

 彼が想定していた値引き率は、価格の3%引き、多くても5%引きくらいだと思っていた。


 しかし、提示された価格はものによっては半額のものもあり、最も高い品物ですら三割引きになっている。

一番安いものになると八割引きというとんでもない価格だった。


「えっ、えええ?」

 予想以上の割引に、一度驚いたアレクシスは値引きの紙と元の値札を何度も見比べて驚いていた。


「なんだいなんだい、変な声を出して。せっかく安くしてやったんだから、私の気が変わらないうちにさっさと選ぶんだよ!」

 店主はアレクシスのことを叱責するような口調だったが、それでも用紙を引っ込めることはせず、安くするから好きなものを選びなさいという、彼女の優しさが伝わってきた。


「……ありがとうございます。少し、考えますね」

 アレクシスは用紙と自分が持っている資金を比較して、どれが一番いいかを考えている。

 店主はそんなアレクシスを急かすことなく、離れた場所でパイプをふかしながら決断を待っていた。


 三十分後、アレクシスは用紙を手にして店主のもとへと移動する。


「決まったのかい?」

 確認のための質問にアレクシスはこくりと頷いた。


「これを、お願いします」

 アレクシスは値引き一覧にあるマジックバッグの一つを指さした。


「……わかった、ちょっと待っていなさい」

 ふっと微笑んだ店主はそう言うとマジックバッグの棚へと移動して、その一つを持ってくる。


 アレクシスが選んだのは大容量、かつ時間の流れが遅いというマジックバッグだった。


「はいよ。これをもっておいき」

 しかし、店主が持ってきたのは容量制限なし、かつ時間停止の機能を持つ、最上位版だった。


「――えっ? これって僕が選んだのと違いますよね?」

 アレクシスは最上位版を買うだけの金を持ちあわせていないため、精一杯の選択肢としてワンランク下のものを選んでいた。


「いいんじゃよ。最初からあんたが選んだものと同じ値段でこっちのマジックバッグを売ると決めていたのじゃよ。私はスパイトには色々と借りがあってね。あやつが認めてここを紹介したのなら、私も最大限のことをしてやらないとねえ。じゃから、感謝するならスパイトにするんじゃな」

 肩を揺らしながらいたずらっぽく笑う店主の言葉にアレクシスは心の中に感謝の気持ちが湧き出てくる。


 そもそもスパイトが武器を用意してくれたのはニコラスとルイザのおかげである。

 そして、マジックバッグを店主が安価で譲ってくれるのもスパイトのおかげである。

 こうして、多くの人のおかげで今があると実感していた。


「ありがとうございます」

 それら全ての人への感謝を込めて、口に出した。

 店主にもその気持ちの一旦は伝わったらしく、笑顔で頷いていた。


「それじゃ、これが料金です。本当にありがとうございました」

 アレクシスはカバンから昨日の報酬を取り出してマジックバッグの料金を支払う。


「ひっひっひ、もしかしたらスパイトも言ったかもしれんが、強くなって稼いだらわしの店で色々買い物をしていっておくれ」

「わかりました! バンバン稼いで、また来ますね!」

 感謝の気持ち、それ以上にとんでもない高性能のマジックバッグを手に入れた高揚感から、アレクシスは自然と笑顔になっていた。


「ひっひっひ、行ってええよ。そんなバッグを手に入れたら興味を持つというのもわかる。子どもらしくてええのう。さっきまでは子どもらしさは見られなかったが、そういう風に素直に喜ぶのも大事じゃ。年寄りのアドバイスと思って聞くとええ」

 まるで孫を見るかのような表情で、優しく助言をしてくれる店主に対して、アレクシスは晴れた笑顔で大きく頭を下げた。


 彼女の言葉に甘えて外に出たアレクシスは自分のカバンに入っていたものを、マジックバッグへと試しに移してみる。


「うお、すごい! これも……入った! おおおお!」

 自分の武器、金、タオル、ハンカチなどなど色々と移してみるが、それらが吸い込まれるようにマジックバッグに入っていくので、思わずテンションが上がり、大きな声を出してしまう。 

 周囲から変な目で見られることになっているが、そんなことに気づかないほどにアレクシスは興奮していた。


「……お、お師匠様?」

「――えっ? あれ、リーゼ?」

 たまたま通りかかったリーゼリアが騒いでいるアレクシスを発見して声をかける。

 リーゼリアが持っているアレクシスのイメージは冷静沈着であるため、興奮して騒いでいる彼に驚いて思わず声をかけてしまった。


「あ、あはは、恥ずかしいところを見られたね。ちょっと嬉しいことがあったんだ……」

 頬を赤くしながらアレクシスは首の後ろに手をあてて、聞かれてもいないのに状況を説明しだした。


「な、なるほどです。あっ、私はちょっと買い物に来たんですけど……あ、あの、よければご飯でもご一緒しませんか?」

「えっ? えっと、僕は大丈夫だけどリーゼは大丈夫なの? 見たところまだ買い物は終わっていないみたいだけど……」

 リーゼリアじゃ荷物を持っているように見えなかったため、アレクシスは念のため確認をする。


「えっ? えっと、そ、そうですね、えっと、あの、一緒に来た家族が全部持ってくれまして、その、先に戻ったので私は時間が空いてしまったんです!」

 何かを隠すようにリーゼリアは慌てて説明すると、何かを確認するようにキョロキョロと周囲を見回している。


「リーゼ? どうかしたかい? 誰か置いてきたとか? 別に僕ならいつでも……とは言わないけど、都合はつけられるから今日じゃなくても平気だよ」

「ううううう! いいんです! お師匠様は私と一緒にご飯を食べるんです!」

 アレクシスが再び質問を、しかも続けて投げかけてきたため、リーゼリアは恥ずかしさから強引に押し切るとアレクシスの手を掴んで歩き始めた。


「わっとと、リ、リーゼさん? ど、どこのお店に行くんだい?」

「いいから来て下さい!」

 顔を真っ赤にしたままリーゼリアはズンズン歩いていく。勢いでやってしまっているため、引くに引けなくなってきていた。


 しばらく進んだところで、ピタリと足を止める。

 そこは、食事もできる喫茶店で可愛らしい雰囲気のたたずまいだった。


「あら、リーゼリア様。いらっしゃいませ」

 ちょうど店員が扉を開けて出てきたタイミングと重なり、リーゼリアに声をかけてくる。


「リーゼリア……『様』?」

 喫茶店の店員から様づけで呼ばれていることにアレクシスは首を傾げる。


「わーわーわー! さ、様じゃないです! さんです! じょ、常連なので!」

「わ、わかった。わかったから少し落ち着いて。はい、深呼吸……すーはー」

「は、はい、すーーーー、はああああああ」

 焦った様子のリーゼリアが急に大きな声を出したため、アレクシスは落ち着かせるために深呼吸をさせる。


(にしても常連だからって様で呼ぶとか、さんで呼ぶとか、普通は逆だよなあ。仲良くなったら愛称で呼ぶものだと思うけど……)

 そんなことを思っているアレクシスだったが、それを口にしてしまっては再びリーゼリアが動揺してしまうため、言葉に出さず飲み込んでいた。


「うふふ、それではリーゼリアさん。今日はお食事ですか?」

「は、はい! えっと、この方はアレクシスさんと言いまして……」

 リーゼリアの言葉の続きはクラスメイトだったが、店員が別の言葉を続ける。


「恋人さん?」

「こっ! ちちちち、違います! そ、そうではなくて!」

 ここでもリーゼリアはわかりやすく動揺をする。


「えっと、リーゼリアさんのクラスメイトのアレクシスといいます。よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします。それではお店の中にどうぞ」

 アレクシスは冗談だとわかっており、店員もわざと言っていたため冷静なアレクシスを店内へと案内する。


「も、もう二人とも!」

 からかわれたことに気づいたリーゼリアは慌てて二人のあとを追いかけて店の中へと入っていった。


 

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