第20話


 アレクシスは魔法演習場に入ると、まずは備え付けの椅子に座って向かい合う。


「それじゃあ、魔力操作の話をしていこうかな。この間、魔法の授業で水の玉を放っていたのを見ていたから魔力を打ち出すことはできていたよね。それで、確認しておきたいのだけど、身体の中を魔力が流れているのを感じることはできるかな?」

 ただ水の玉を撃ちだしただけなのか、それとも魔力の流れを感じながらその魔力を放出したのか、これを確認することが第一であるとアレクシスは考えていた。


「魔力の流れ、ですか?」

 アレクシスの質問に対してリーゼリアは首を傾げている。


 改めて自分の身体の中を魔力が流れていることを意識してみる。

 そして、魔力を感じ取ろうとしてみるがどうにもピンとこない。


「――うーん……ごめんなさい、ちょっとわからないです」

 リーゼリアは何度か挑戦してみるが、アレクシスの言葉が意味しているところを感じ取ることができず、謝罪しながら肩を落としている。


「いや、謝らなくて大丈夫だよ。まあ、そうだよね。昨日の授業を見る限り、みんななんとなく魔力を杖に集めて、なんとなく放っているんだよね」

 アレクシスは魔法の実技授業を思い出している。

 どの生徒も魔力の流れを感じることなく、ただただシエラに言われるがままに魔法を放っていた。


「その中でもリーゼは上手にやっていたよね。まともに的に命中させることができていたから、もしかしたらと思って確認しただけなんだ。でも、わからなければ練習して行けばいいよ」

 アレクシスの言葉に気を取り直したリーゼリアはしっかりと頷く。

 彼女はざっくりとした感覚でしか理解しておらず、アレクシスの言うとおりなんとなく魔法を使っていた。


「とにかく、まずは魔力の流れを感じるようにしよう。目を瞑って、自分の身体の中を魔力が巡っているようにイメージして……」

 アレクシスは身体の中に血管があるのを知っている。ゆえに、血液の流れをイメージでき、全身にある血管を循環させるように魔力が流れているイメージへと繋げていた。


「魔力が身体の中を巡っているイメージ……」

 リーゼリアはアレクシスの言葉を復唱しながら、魔力の流れをイメージしてみる。


「イメージして……頭のてっぺんから身体の中に水が少しずつ入っていくのを。その水が徐々に頭の中を満たしていく。その水は首を通って身体に流れていって、腕に、指に、足に、つま先に流れていく。先端まで行ったらゆっくりと戻ってくる。そして、身体の中をぐるぐると流れている」

 染み込ませるようにゆっくりと話すアレクシスの言葉を聞いて、静かに目を閉じたリーゼリアは自分の心音に耳を澄まして、体を巡っていく水の流れをイメージしていく。


「はい……ぐるぐる流れます……」

 リーゼリアは言われたとおりのイメージを思い浮かべている。


「水が流れるイメージができたら、次に行くよ。その水は魔力なんだ。魔力の色は何色だろう。リーゼの場合は水の魔眼だから瞳と同じ青色かな。その青色の魔力が身体の中を流れているのをイメージして」

 リーゼリアは平静を保ちながら先ほどの水を魔力に置き換えてイメージする。

 自分が魔眼を使った時の光を思い浮かべ、よりイメージが深まっていく。


「それがイメージできたら、次は実際に身体の中を流れている魔力を感じ取るんだ」

 ここまで順調に来たリーゼリアだったが、実際に感じ取るのは難しいようで、眉をひそめている。


「大丈夫だよ、ゆっくり、ゆっくりと感じ取ってみて」

「はい……」

 体の中を確かめるように目を閉じたままリーゼリアは返事をすると、再び水の流れを魔力の流れに転換して感じ取ろうとする。


 無言のまま集中しているが、その表情は思わしくない。


 それでも数分続けたのち、悲しげな表情のリーゼリアはゆっくりと目を開いた。


「ダメです、やっぱりわかりません……」

「わかった。それじゃあ、次に行こう」

 リーゼリアの返事を聞いたアレクシスは、彼女の前に立って手を握る。


「ア、アレク君! なにを!?」

 思わぬ接触にリーゼリアは驚いて動揺してしまう。

 今まで彼女の周りにいた男性といえば家族や使用人だけであり、同年代の異性に手を握られるという初めての経験に顔を真っ赤にしていた。


「しー、しーしー、いいから落ち着いて。心を静かにして、目を瞑って、もう一度魔力の流れをイメージして……僕が手を握っているのはわかるね?」

「わ、わかります」

 急に手を握られたことで動揺してしまったリーゼリアだったが、これも指導の一環であるのだと理解して、なんとか身体の力を抜いて集中していく。


「今から少しずつ魔力を手の先から流していくからそれを感じ取ってみて……いくよ」

 自らの魔力を少しずつリーゼリアの手から身体の中へと流していく。


「声は出さなくていいから、手から魔力が流れ込んでくるのをイメージしながら、感じ取ってみて」

 アレクシスの言葉は優しく、最初は緊張していたリーゼリアも次第に手の先へ集中することができる。


(なんだか、温かいものを感じます……これが魔力?)

 体内を流れる魔力を感じることは難しいが、外から流れこんでくる魔力はある意味異物であるため、感じるのは容易である。


「もし魔力を感じ取れることができたら、その魔力が身体のどのあたりを流れているか、それを追ってみて」

 アレクシスの言葉に、リーゼリアは目を閉じ、無言のまま頷いた。


 アレクシスの魔力は彼女の手の先から入り、身体の中心に向かい、そこから足先や頭部などの末端へと向かっていく。

 それをリーゼリアは感じ取ることができていた。

 全身に魔力がいきわたったところで、アレクシスがぱっと手を放す。


「はい、どうかな? 今ので、魔力が身体の中を流れる感じは体感できたと思うけど」

 魔力の流れを自分だけでイメージして、それを感じるのは難しいため、アレクシスは自分の魔力を流すことで強制的に感覚を覚えさせていた。


「わ、わかりました! アレク君の魔力が身体の中を流れて、徐々に私の魔力と混ざり合っていました」

 リーゼリアは感じたままを口にする。その返答はアレクシスに笑顔をもたらした。


「うん、その感じ方はいいと思うよ。僕の魔力が流れていたのを感じられて、なおかつリーゼの魔力と混ざり合ったのがわかったってことは、今度はリーゼ自身の魔力も感じ取れるはずだよ。もう一度やってごらん」

 アレクシスの指示に従い、彼女は目を瞑り、魔力の流れに集中する。

 とくん、とくん、と少し早く高鳴る鼓動の中に、青く輝くような小さなきらめきを感じ取った。


「ア、 アレク君、わかります! な、なんとなくですがわかります!」

 目を瞑ったままだったが、リーゼリアは興奮して大きな声を出す。その顔は笑顔になっていた。

 ここまでなんの結果も出せていないところから、一歩前進できたことは彼女にとって、とても喜ばしいことであった。


「うんうん、いいね。まずはその魔力の流れをもっと鮮明に感じ取れるようにするんだ。最初のうちはなかなか難しいかもしれないけど、それができるようになるのが第一段階。完全にわかるようになったら、意図的に手の先にだけ魔力を集めたりするんだ。それができるようになると……」

 そこまで言うとアレクシスは右の手のひらに魔力を込めていく。

 魔力の高まりを感じ取ったリーゼリアは慌てたように目を開く。


「えっ! ちょっ! ま、待って下さい……!」

 授業でのアレクシスの魔法を見ているリーゼリアは、あの時の強力な魔法を思い出して顔を青くして慌てている。


「大丈夫だって、ほら」

 アレクシスはこぶし大の魔力を生み出して、空中に待機させた。

 アレクシスの眼同様、特に属性を持たないソレは白い色をしている。


「あ、あれ?」

 ただ魔力がそこにある。その光景にリーゼリアは目を白黒させている。


「これは直接魔力を掌から生み出して、ここに浮かべているんだ。慣れてくると、こんな風に」

 アレクシスの魔力玉が彼の指揮のままに空中を飛び回り、円を描いたり、星の形を描いたりして、再び元の場所へと戻って、はじけて消える。


「ね? 魔力の流れがわかって、魔力を扱えるようになるとこんなことまでできるんだ。これを僕は四歳のころからずっとやっているんだよ」

「よ、四歳の頃から!?」

 衝撃的な言葉にリーゼリアは大きな声をだす。

 それと同時になぜアレクシスがこれほどの力を持っているのかの一端を理解できた気がしていた。


「とりあえずは、魔力を感じとるのを頑張って。それができるようになったら、体内での魔力操作。まずはここまでかな。ここなら邪魔は入らないからゆっくりやっていこう。で、明日からはどこか静かなところでその二つを続けてみて」

 穏やかな表情のアレクシスは段階を踏んで、徐々に魔力に慣れていくよう指導する。


「はい、お師匠様!」

「お、おししょうさま? な、なにそれ?」

 元気に返事をするリーゼリアだったが、最後の言葉にアレクシスは怪訝な表情になる。


「アレク君は私に指導してくれている立場です。でも先生では学校の先生と同じ呼び方になってしまいます。なので、お師匠様という呼び方にします! あっ、普段は名前で呼ぶので安心して下さいね」

 可愛らしい笑顔で言うリーゼリアを見て、アレクシスは仕方ないなと苦笑し、彼女がそう望むなら別にいいだろうと頷いた。


 その後二人は、昼休憩をはさんで夕方まで練習をして解散した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る