第19話


「リーゼ……こんばんは。とりあえずここだとほかの部屋に声が聞こえるから、中に入ってよ」

 廊下は音が響くため、部屋の中に声が届いてしまう。

 そのことを懸念したアレクシスは、部屋の中へとリーゼリアを招くことにした。


「あっ、ご、ごめんなさい。そこまで気が回らなくて……」

 扉の前で少し悲しげな雰囲気をまとっていたリーゼリアは慌ててアレクシスの部屋へと足を踏み入れる。


 部屋の間取りはどの部屋も基本的に同じだったが、初めて立ち入る男子生徒の部屋ということもあって、更に言うと昼間の一件もあるため、リーゼリアはガチガチに緊張していた。


 部屋に備えつけの椅子にリーゼリアを座らせると、アレクシスはお湯を沸かしてお茶を用意する。


「どうぞ、家から適当に持ってきた茶葉だけど悪くないと思うよ」

「ど、どうもありがとうございます……」

 まさか部屋にあげてくれて、お茶まで用意してくれると思っていなかったリーゼリアは戸惑いながらお茶を一口飲む。


「おいしい……」

 温かいお茶を口にしてほっとしたように呟くリーゼリア。

 紅茶のぬくもりが肩に入っていた力をほぐしてくれたことで、自分がここに来るのにかなり緊張していたことを改めて実感する。


「それで、いったいなんの用事でこんな時間にここまで来たんだい?」

 アレクシスも自分で用意したお茶を飲みながら質問する。

 昼間のカフェではリーゼリアのことを傷つけてしまったと思っているアレクシスは、それでもここへ来た彼女の話を聞きたいと思っていた。


 この質問は力の抜けたリーゼリアの肩に再び力を入れさせる。


「えっと、その、まずは夜分にごめんなさい。こんな時間に来るなんて非常識ですよね。本当にごめんなさい」

 リーゼリアは最初に謝罪から入る。

 寮では男子棟に女子が入るのは許されているが、さすがにこんな時間ともなれば寮監に見つかった際に二人とも注意されるのは目に見えている。


「いや、別に何かしていたわけじゃないからそれは構わないんだけど……」

 深々と頭を下げるリーゼリアに対して、特に問題が起きたわけではないためアレクシスは彼女の謝罪を受け入れることにする。


「それと、昼間は逃げてしまってごめんなさい!」

 リーゼリアの謝罪は止まらず、二つ目の謝罪が始まった。

 図星を突かれたことで頭に血がのぼって、恥ずかしくて、逃げ出してしまったことを謝っている。


「あぁ、まああれは一人残されてちょっと恥ずかしかったけどあれも別に気にしなくていいよ。むしろ僕のほうが失礼なことを言ってしまったから、こちらこそごめんなさい」

 アレクシスは自分にも否があると感じていたため、素直に頭を下げて謝罪する。


「い、いえいえ、私の方こそアレク君が言ったことは全て本当のことでしたから!」

「いやいや、だからといって言い方というものがあるから、僕の方が悪いよ……」

「いえいえ……ぷっ、ふふふっ」

「はははっ、それじゃあお互い様ということにしておこうか。それで、一体どんな用事で僕の部屋まで来たんだい?」

 お互いに謝り倒し、どちらともなく笑いあう。

 空気が軽くなったところで、アレクシスが話を本題に戻していく。


「そ、そうでした。話がそれてしまってごめんなさいです」

 ここでも謝罪をするリーゼリアに対して、アレクシスは苦笑していた。


 しかし三つ目の謝罪を口にした彼女は意を決して、本来話したかったことを口にしていく。


「あの、私、アレク君に指摘されてからずっと考えていたんです……。私は何がしたいのか? どうなりたいのか? 何を目指しているのか?」

 アレクシスは無言で頷きながら彼女の話を聞くことにする。

 リーゼリアの表情からはなにか強い決意のようなものを感じ取れていたからだ。


「私の家は、それなりの地位の貴族で、家族全員が優秀な魔眼を持っている中で、私だけが低位の魔眼持ちです。家族はみんな魔眼で優劣を判断しています。私が家族から認められることはありません。だから、学院でSクラスに入って認めてもらおうとしました……結果はAクラスです」

 膝の上でこぶしを握りながら一言一言かみしめるようにリーゼリアは言葉を紡ぐ。


 Aクラスでも十分すごい結果であるが、彼女の家ではそれでは認められないのだという。

 むしろSになれない彼女は落ちこぼれだと判断されてしまう。


「……そこでアレク君。私はあなたに出会いました。あなたは試験や授業で示した実力だけでなく、私の心の迷いを指摘してくれました。正しいことを言ったのに、私のことを気遣って謝ってもくれました……そんな心の強さも持っているアレク君に教えてもらいたいんです!」

 リーゼリアは力説するあまり、立ち上がって拳を強く握っていた。


 自分が持つ家族に対する劣等感、自らの魔眼に対する恥ずかしさ、そしてアレクシスの強さに憧れる気持ち――それらが心の中で入り混じっている。


 一方でアレクシスは白紙の魔眼という他者から認められない魔眼を持っていても、全く心が揺らぐことのない。

 

 だからこそ、リーゼリアは彼に教えてもらいたいと強く思っていた。


「……うん、わかった。いいよ」

 アレクシスはほとんど考えることなく、穏やかな声で答えを出した。


「――えっ? いいんですか? 本当に? 嘘じゃなくて?」

 頼んではみたもののダメ元でお願いに来ていたリーゼリアは思わぬ即答に驚き、疑り深くなっている。


「ははっ、構わないよ。といっても、僕も学生だから大したことは教えられないし、もしかしたらカフェの時みたいに厳しいことを言うかもしれない。それでもいいなら、という条件つきだよ」

「もちろんですっ!」

 アレクシスは自己評価の低い言葉を口にするが、それが謙遜だと理解しているリーゼリアは即答する。


「よし、それじゃ明日から練習しよう! 朝の九時に魔法演習場前に集合。いいかな?」

「はい、わかりました!」

 元気のよいリーゼリアの返事を聞いて、アレクシスは満足そうに微笑んでうなずいた。


「それじゃあ、今日は……」

「今日は?」

 そして、アレクシスの言葉にオウム返しするリーゼリア。


「早く帰って寝て下さい! ってか、こんな時間に男の部屋にいたらきっと怒られるから、誰かに見られないように静かに戻ってね! 見つかったら、明日の練習はなかったことに……」

 そこまで聞いたリーゼリアはビクリと反応して、背筋を伸ばす。


「き、気をつけます。それではまた明日!」

 リーゼリアはここから誰にもばれずに女子棟に戻り、そこから静かに部屋へ行くというミッションが課せられることとなった。



 翌日


 約束どおり、リーゼリアは魔法演習場の前で待っていた。


「そろそろ九時ですけど、休みの日に生徒だけでこの場所は使えるのでしょうか?」

 アレクシスの指示であるため待ち合わせ場所にやってきたが、本当にここを使えるのかリーゼリアは疑問に思っていた。


「あっ」

 そんな疑問を頭に浮かべていると、アレクシスが走ってやってくるのが目に入る。


「あー、ごめんごめん。思っていたよりちょっと時間かかっちゃって……鍵を借りてきたから中に入ろう」

 アレクシスは手にした鍵で扉を開けると、魔法演習場の中に入っていく。


「本当に鍵を借りられたんですね……すごい」

 その姿を見てリーゼリアは感心していた。

 自分が疑問に思っていたことをあっさりと実行する、さすがはアレクシスだと。


 ちなみに、アレクシスはエリアリアに話をして、許可をもらっている。頼っていいと言われているので、全力で甘えるつもりでいた。


 壁のパネルを操作して、魔道具の灯りをつけていく。


「さて、僕が教えられることは限られているんだけど、普段からやっている基本的なことから教えるのでいいかな?」

「お願いします!」

 アレクシスの提案に反対する理由はなく、リーゼリアは即答する。

 彼女は自分にとって何が足りないのかわかっておらず、またアレクシスが普段どんな訓練をしているのかわからないため、全てを吸収したいと考えていた。


 ここからリーゼリアの修業が始まっていく。


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