第18話
カフェはちょうど空いており、二人はテラス席を選び、それぞれ注文をする。
「で、どういった話なのかな?」
リーゼリアが一向に話し始めないため、飲み物が届けられたところでアレクシスから話を振ることにする。
「は、はい、少し話が長くなるかもしれませんが……」
そういってリーゼリアは構いませんか? とアレクシスにお伺いをたてる。
特に予定がないためアレクシスはゆっくりと頷いて返した。
「それではお話します」
そう言うとリーゼリアは居住まいを但し、背筋を伸ばす。
彼女にとってこれからの話は重要なものであり、真剣な思いで話をしているということを現している。
話を聞く立場のアレクシスも心なしか背筋がしゃんと伸びていた。
「えっと、私は入学前試験の時にもアレクシス君……いえ、アレク君と同じ日で、あなたの魔力試験も戦闘試験も見ていました。――それと、白紙の魔眼であるということも聞いてしまいました」
周囲に人がいないとはいえどこで誰の耳に入るとも知れないため、気を遣ったリーゼリアは最後の言葉だけ、声のトーンを落としている。
「おそらくあの魔眼であるということは、試験においてあまり評価されないと思います。加えて魔力試験でも水晶玉が壊れるというトラブルにあいました。私は、それら二つの結果から失礼ながらアレク君はBクラス以下だと勝手に判断してしまいました」
リーゼリアの話に間違っているところはないため、アレクシスは静かに相槌を打つ。
自分でもあの二つにおいては他の生徒より不利だということがわかっていた。
「結果、アレク君は私と同じAクラスの所属です。でも、その理由はすぐにわかりました。授業での実技戦闘で話していましたが、アレク君は試験でもワズワース先生を倒していたんですね。座学の授業でもシエラ先生とのやりとりを見て、アレク君は私たちよりも高度なことを知っているとわかりました。多分両方満点だったんだと思います」
ここまで言って、ひと呼吸おいたリーゼリアは注文していた紅茶を口に含む。
彼女は思っていたことを一気に話したが、それは緊張を隠すためのものであり、話しきったことでのどの渇きを感じていた。
「……そして、今日の授業がとどめです。クラスでも的にうまく命中させられたのは私だけでした。ですが、アレク君はそんな結果を吹き飛ばしてしまうほどの、壁を壊して結界を貫くというとんでもない結果を見せました」
温かい紅茶で少し落ち着きを取り戻すと同時にのどが潤ったため、彼女は話を続けていく。
「あ、あはは、あれはちょっとやりすぎたね。まさかあんなことになるとは思ってなくてさ」
先ほどのことを思い出し、アレクシスが乾いた笑いを浮かべている。
全力でと言ったのはシエラだったが、それでも自分の魔力量を知っていたからこそ自分で気をつけることができたかもしれないという後悔もあった。
「……どうして」
「えっ?」
リーゼリアの声が小さかったため、アレクシスは聞き返す。
「どうして、あんなことができるのですか? 私は水系統の魔眼を持っています。ですが、最も低位のただの『水の魔眼』です。父も母も兄も弟も姉も、みんな上位の魔眼を持っています。ただ私だけがこの魔眼なのです。自分でも色々試してみたんです……でも……」
そう言ってリーゼリアは自身の眼に手を当てて指し示してから、肩を落として項垂れる。
少し悲しみの色をたたえた彼女の眼は透き通った青色をしていた。
「……僕は生まれた時には白紙の魔眼だと認定されていたし、もう一方の眼は魔眼でもなんでもない普通の眼だって言われた」
アレクシスがポツポツと自分のことを語り始めたため、リーゼリアは顔をあげて彼の眼に視線を向ける。
眼帯で隠しているのは恐らく白紙の魔眼。反対側の眼はただ黒いだけの力のない目だった。
その黒い目をリーゼリアがじっと見つめているうちに、再びアレクシスは口を開く。
「僕の両親は元冒険者で、その頃の知り合いが大勢うちを訪ねてきたんだ。そのおかげでたくさんの魔眼を見る機会があった。上位の魔眼を持っていても強くない人はいたし、低位の魔眼を持っていても強い人はいた。同等の実力の持ち主であれば、魔眼の優劣が結果を左右することもあるかもしれない。でも、同じ力を持っていることなんてそうそうないことだよね。だったら、使い方が重要になるんだと思うよ」
それは人より劣ると言われてきた白紙の魔眼を持っており、多くの冒険者や元冒険者の戦いを見続けていたアレクシスだからこそ言える言葉である。
「そもそも、リーゼが水の魔眼だっていうことはわかっていたけど、だからといって僕はなんとも思わなかったよ? それで君の力の優劣が決まるわけじゃないし、それで君の全てがわかるわけじゃないよね?」
上位であることがすべてではないと笑顔で言うアレクシスにリーゼリアは涙ぐんでいた。
実力のある一族に生まれたからこそのプレッシャーがそこでほどけていくのをリーゼリアは感じたのだ。
自分では泣くつもりはなかったが、目の前にいるアレクシスは彼女が生まれてから今までで、初めて自分のことをただ一人のリーゼリアとして見てくれている人物だった。
その事実は自然とリーゼリアの涙腺を緩ませていた。
「ど、どうすれば、アレク君のように強くなれますか? 私は、強くなりたいです!」
涙をたたえたまま必死に質問するリーゼに対して、アレクシスは頭を掻いている。
「うーん……十分強いと思うけどなあ。さっきの実技の授業だって、リーゼの結果は上位だったよね……ってそれじゃ納得しないか」
アレクシスは授業で結果を褒められても肩を落としていたリーゼリアの姿を思い出していた。
「……だったら、あえて厳しい質問をするよ。リーゼは強くなりたいの? それとも、眼のことが恥ずかしいだけなの?」
アレクシスの言葉はリーゼリアの心に突き刺さり、羞恥と怒りで顔を赤くさせる。
一族の中で唯一劣った魔眼を持っている自分自身を恥ずかしく思っており、そこを突かれたことは彼女にとって触れられたくない傷口を直接触られてるようにも感じていた。
「っ……私はっ!」
「うん、図星だよね。眼のことをとやかく言うのは周りかもしれない。でもさ、水の魔眼であることを一番気にしていて、一番恥ずかしいと思っているのはリーゼリア自身なんじゃないかな? 自分自身が一番気にしているから他人の言葉に簡単に揺らいでしまう……自分の眼とちゃんと向き合えないなら、そこから先に進むのは難しいと思うよ」
アレクシスがズバリ言うと、ぐっと唇をかみしめたリーゼリアはこらえきれなくなったのか、はじかれるように勢いよく立ち上がって泣きながら走り去ってしまった。
「……ミスったかなあ?」
頭を掻きながら彼女のことを見送るアレクシス。
初めてまともに話をしてくれたクラスメイトに申し訳ないことをしたかと反省する。
しかし、言い方はまずかったかもしれないが、彼女に苦言を呈したのは大事なことである。
だからこそアレクシスは後悔していなかった。
「まあ、あれで心が折れるようなら先に進むのは難しいよね。でも、きっと……」
わざわざクラスメイトに自分の恥となる部分を話してでも、頭を下げてでも自分がこれからどう向かって行けばいいのかヒントをもらいにきた。
そこを考えれば、時間がかかったとしても今回のこともしっかりと飲み込んで成長するだろうとアレクシスは見込んでいた。
急に立ち上がって飛び出して行ったリーゼリアを見て、周囲にチラホラいた生徒や店員たちは別れ話のもつれかと考え生暖かい視線をアレクシスに送っていた。
「まあ、そう見えても仕方ないか……」
自分のおかれた状況を見て、アレクシスは勘違いされても仕方ないと思い、冷めた紅茶を残したままカフェをあとにすることにした。
元々予定がなかったアレクシスは寮に戻って、夕食を食べ終えると自室でゴロゴロしながら明日からの予定について考えていた。
学校が始まり、初日は入学式があり、二日目は自己紹介や教材などの配布、三日目は模擬戦でワズワースと戦闘し、四日目の今日は魔法の実技授業があった。
アレクシスが想像していたよりも目まぐるしくあっという間の四日間だった。
学院では四日授業、三日休みで一週間というサイクルになっているため、明日からは三連休となる。
その連休中に、生徒たちは各自でどうするか自由に過ごしている。
実家が近ければ帰省する者もいる。
図書館に籠もって勉強する者もいる。
中にはバイトをする者もいる。
その中にあってアレクシスがどう過ごそうか考えていると、扉をノックする音が部屋に響いた。
「……こんな時間に誰だろ? はーい、今出ます」
既に外は暗く、クラスメイトの部屋を訪ねるような時間ではない。
加えて言うと、アレクシスを訪ねるクラスメイトの心当たりもなかった。
「――あの……こんばんは」
扉を開けて来訪者を確認すると、そこには昼間アレクシスのもとから逃げたリーゼリアの姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます