第17話
「それでは、アレクシス君は直接魔法を放つ方法でお願いします。全力でやっちゃって下さい」
シエラはアレクシスが魔力検査で魔力測定不能だったことは聞いていた。
しかし、魔力量が多いために学院の水晶玉では測定しきれなかったというところまでは知らなかった。
それゆえに安易に『全力で』という言葉を口にしてしまっていた。
シエラがその言葉を口にしたのとほぼ同じタイミングで魔法演習場にやってきたのがエリアリアだった。彼女はアレクシスが魔法発動の授業を受けると聞いて、気になって様子を見にやってきていた。
「ちょっ! ま、待ってくださ……」
その時シエラがアレクシスに対して『全力でやるように』言っていたのと、彼の纏う魔力量の変化に気づき、慌てて手を伸ばしながら駆け寄り、止めようとする。
しかし、一足遅く、今まさにアレクシスが全力で魔法を放とうとしていた。
──紅蓮の魔眼起動──
白紙の魔眼に父、ニコラスの魔眼を発動させて、火の玉が的に向かって飛んでいく様子をイメージする。
今まで魔眼を発動した時は、魔力を抑えていた。
しかし、今回シエラから出た指示は全力でというものである。
教師の指示であるならばそれに従うのが生徒であり、言葉のとおり全力で、最大の魔力をこめた魔法が今まさに手から放出されていく。
「せやあ!」
アレクシスの掛け声を十とすると、それに対して十倍以上の威力の火の玉が放たれ、的に向かって飛んでいく。
それは魔法の玉というよりは劫火といわんばかりの勢いで、うねりを巻き起こしながら的にむかって一直線に向かう。
本日の魔法発動の授業において、一番の結果を出したのはリーゼリアである。
彼女はこぶし大の水の玉を的に命中させて、威力が落ちることなく、的をぐらぐら揺らした。
アレクシスはその結果を遥かに凌駕して、的を飲み込んで燃やし尽くしそのまま壁に衝突する。
だが、衝突した火の玉は未だに消えず、魔法対策を施してあるはずの壁を突き破らんと削り続けている。
その様子を見てアレクシス、シエラ、そして生徒たちは驚き呆然と見ていた。
この状況にあっていち早く動いたのはエリアリアだった。
「――くっ、間に合って!」
このままではとんでもないことが起きてしまう──そう考えたエリアリアが慌てて水の魔法を放って威力を相殺しようとする。
だが、エリアリアの手からは魔法が発動されず、力なくだらんと降ろされた。
アレクシスの魔法は壁に吸収されきらず、大きな穴をあける。
しかし、そのその外にある結界が防いでくれるという話だったにも関わらず、魔法は未だに消えず、徐々にその結界の一部を突き破ったと思った次の瞬間、そこで消えた。
「ご、ごめんなさいいいいいいいい!」
一足早く正気を取り戻したアレクシスはシエラとエリアリアに対して土下座をしていた。
魔法演習場に響き渡るアレクシスの謝罪の声。
とんでもないことをやらかしてしまったという自覚があるため、教師二人に頭を下げる。
そんなアレクシスに対してシエラは何も言うことができず、いまだ顔を青くしたまま茫然としている。
「ふう、アレクシス君。顔を上げて……いえ立って下さい。それとシエラ先生はいい加減しゃっきりして下さい。生徒は自分がまずいことをしたと判断して、即座に謝罪をしています。教師のあなたがそんなことでどうするんですか!」
叱責されたシエラは、はっとして自分の立場を思い出してアレクシスの困惑している表情にここで初めて気づく。
「えっと、アレクシス君。その、今回の件はあなたには責任はないです。ありません。で、あっていますよね?」
シエラは責任の所在がアレクシスにないことを説明し、そのことがあっているかをを恐る恐るエリアリアに伺う。
「はい、その通りです。全力でやるように指示を出したのはシエラ先生です。その通りに実行したアレクシス君が責められるいわれはありません」
その宣言を聞いて、シエラは頷いて、うつむいている。
今回の一件は全て自分自身にあると、自らを心の中で責めていた。
「ですが、シエラ先生だけの責任というわけでもありません。事前に注意事項として先生に伝えることはできました。それを疎かにした他の先生の責任でもあります。そして、生徒の初めての授業では全力で魔法を放たせることを基本的な決まりとして行っているものです」
説明をしているエリアリアの表情は先ほどシエラを注意した時とは異なり、柔らかいものになっている。
そして、自分だけのせいではないと聞いたエリアリアの言葉にシエラが顔をあげた。
「有能な生徒はいくらいてもいいものです。ひとまず壁と結界の修復は早急に行ってもらいましょう。授業はここで終わりましょう。みなさん、くれぐれも一人で魔法発動練習はしないようにして下さいね。今回の件は学院の責任ということで、誰にもおとがめはいきませんが、個人で練習してもし何か起きたら……」
神妙な面持ちのエリアリアの言葉を聞いて、シエラも生徒たちもごくりとつばを飲み込みながら心の中で思う。
『――何か起きたら、どうなるんだ?』
しかし、エリアリアは答えることなくニコリとだけ笑った。
「さあ、片付けは先生たちがやっておきますので、みなさんは着替えて解散して下さい。みんな初めての魔法の授業なので、気づいていないだけで疲れているはずです。帰ってゆっくり休んで、しっかりご飯を食べて下さいね」
手をたたいたエリアリアが指示すると、シエラも慌てて生徒たちを帰るように誘導していく。
アレクシスはエリアリアに深くお辞儀をすると、他の生徒たちと一緒に魔法演習場を後にした。
そして、魔法演習場に残ったのはシエラとエリアリアの二人。
「あ、あの、エリアリア先生、すみませんでした」
「うふふっ、いいんですよ。彼がちょっと規格外すぎるんです。ただ、同じような問題は今後も出てくると思うので、気をつけてあげて下さいね。もちろん彼に限らずですが」
いくら能力が高いといっても、まだまだ子どもであるため、自分の力に振り回されてしまったり、誤った使い方をしたりする可能性がある。
暴発の危険性があるからこそ、この学園のような場所で正しい能力の使い方を教えるのだ。
それが教師の役割でもあるため、エリアリアは彼女にそう伝えようとしている。
「わ、わかりました!」
シエラのミスを責めることなく、さらには子どもたちのことを考えているエリアリアの言葉は正しく心に届いていた。
「うん、いい返事ですね。それではまずは杖の片づけ、それが終わったら壁と結界の状態確認をしましょうか」
「はい!」
そう言うと、二人は後片づけ兼後処理の確認を始めていく。
一方の生徒たちは着替えを終えると、それぞれに散らばっていく。
まっすぐ寮に戻る者、図書館で本を読む者、教室に残って勉強をする者、街に繰り出して遊びに行く者など自由な放課後に移っていく。
その中にあって、ワズワースを倒す、魔法演習場の壁に穴を開けると、とんでもないことをやらかし続けているアレクシスはクラスメイトから敬遠されており、誰とも話すことなく一人で寮へ帰ろうとする。
しかし、そんな彼にただ一人だけ声をかける人物がいた。
「あ、あの、アレクシス君!」
「えっと、リーゼリアさん、だよね? 何か用かな?」
少し緊張した様子のその声の主は、同じクラスで試験も同日に受けている、授業でもアレクシスに続く結果を出しているリーゼリアだった。
入学してからこれまで一度として話したことがなかたっため、アレクシスはこの話し方であっているのかと不安に思いながら返事をする。
「あの、こんにちは! 初めまして……ではないですよね。うん、クラスでは顔を合わせていますし……とにかく、こんにちはです。私のことはリーゼで構いません」
彼女は挨拶をしながら頭を下げる。その時にポニーテールにしている金髪が元気よく揺れている。
アレクシスと同じ年齢だが、普段は他のクラスメイトより少し大人びて見えている。
(だけど今日はなんかいつもより幼いような感じに……緊張しているのかな?)
「あー、うん。それじゃあリーゼ、こんにちは。僕もアレクでいいよ」
どこかぎこちなさを残しながらも互いに愛称で呼び合う許可を出しあう。
声をかけたリーゼリアからすれば、まずは一歩前進というところだった。
「それで、僕に何か用かな? 今までちゃんと話したことはなかったと思うけど……?」
アレクシスの質問に、リーゼリアは口元に手をあてて、そうだった、と小さく呟く。
彼女は挨拶できて、愛称で呼び合うことができて、ひと段落ついた心持ちでいた。
「えっと、あの、少しお話をしたいんですけど、いいですか?」
顔を真っ赤にして言う彼女は勇気を振り絞って声をかけてきているのがわかる。
そんな彼女の申し出を断ることも、こんな場所で立ったまま話すのもアレクシスは良しとは思うことはできず、一つの提案する。
「わかった、時間はあるから大丈夫だよ。でもここではなんだから、学院のカフェにでも行こうか」
この学院には食堂とは別に、軽食や飲み物を楽しむためのカフェが設置されており、生徒は無料で利用することができる。
「は、はい、お願いします」
リーゼリアは一つ目の目標として話しかけて少しでも打ち解けること、二つ目の目標としてゆっくり話をする約束を取りつけることがあった。
ここまで順調に達成できているため、リーゼリアは高鳴る鼓動を押さえつつもどこかホッとしながらアレクシスのあとについていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます