第16話


 翌日


 朝のホームルームで連絡事項を生徒たちに伝えるワズワースだったが、その顔には明らかに疲れの色が浮かんでいた。

 彼は昨日の授業でアレクシスに負けたことをほかの教師たちに問い詰められ、さらに上司からは叱られて、と散々な目にあったための疲労だった。


 ただワズワースにとって幸運だったのは、今日のAクラスの授業は午前も午後もシエラが担当することだった。そのためホームルームを終えたあとは自由に時間が使える。


「さあ、今日は一日授業がんばります!」

 一日中授業が入っているシエラだったが、彼女は彼女で今日の授業を楽しみにしていた。

 座学の授業ではアレクシスのみならず他の生徒も理解力が高く、授業をしていても楽しかった。


 そしてなにより、今日の午後の授業はシエラが初めて行う実技の授業だった。

 授業は魔法演習場と呼ばれる特殊な建物で行われる。


「これはすごいな……」

 ここは他の建物と異なり特別な加工がされている。

 アレクシスが試しに魔力を流してみると、壁が魔力を吸収していくのがわかる。


「よく気づきましたね。ここは魔法演習場という名前のとおり魔法の実技授業を行ったり、自主練習を行ったりする場所です。そのため、壁は魔法を吸収する特別な素材で作られています。加えて、この建物自体が結界で包まれているため壁が破られても結界によって外に漏れないようになっています」

 シエラは壁を触っているアレクシスを見て彼の観察力の鋭さを感じ、ついでにと生徒たちにこの建物の説明を行った。


 その説明を聞いた生徒のうち何人かは、アレクシスと同じように壁に手を触れて感触を試していた。


「さて、壁の確認もいいですが、そろそろ実技の授業を始めていきたいと思います」

 シエラが言うと、生徒たちはすぐに集合して彼女の話に耳を傾ける。


「今まで座学の授業では、魔法とは、魔力とはどういうものなのか? というお話をしてきました。この授業ではその魔法の実践をしてもらいます」

 そう言うと、シエラは大きな箱を自分と生徒の間に置いた。そのとき、なにか棒のようなものがこすれて軽やかな音がした。


「箱の中には魔力を放出しやすくし、魔法を使いやすくするための小さな杖が入っています。一人一つ手に取って下さい」

 杖のデザインに大きな差はなく、それぞれが適当に杖を選んでいく。

 アレクシスも同じく箱の中にある杖を適当に取って確認する。


(手に馴染む。これはエレメルの木で作られているね)

 エレメルの木とは魔力の伝達機能の高い素材であり、魔法の発動を補助する効果がある。

 アレクシスは実家で同じ素材で作られた杖を見たことがあった。


「皆さんの中にはこの杖のことを知っている方もいるようですが、説明をしておきます。これはエレメルという特別な木で作られた杖で、みなさんが魔力を使いやすくなるよう手伝ってくれるものです」

 シエラの言葉によって、先ほどアレクシスが考えていたことが正解であることが確認できた。


「それでは杖を持って、こちらに来てください。順番に魔力を放ってもらいます」

 シエラの指示に従って生徒が順番に並ぶ。

 的は複数あったが、一人ずつ試していくためそれぞれ一列に並んでいた。


「では、あなたから。杖をまっすぐ的に向けて、魔力を流し込んでいきます。そして得意な属性をイメージしてそれが的に飛んでいくのを思い浮かべて、全力で……放て!」

 シエラの合図に合わせて杖から魔法が放たれる。

 最初の生徒は風系統の魔眼持ちであるため、風の塊が的に向かっていく。


「おぉっ……あれ?」

 彼は自然な流れで魔法が発動したことに喜んだが、なぜかその魔法は途中でぶわりと霧散して風の塊は消え去った。


「はい、的には当たりませんでしたがよかったですよ。今回の授業ではまずは魔法を発動させられるのが大事なことです。それでは交代しましょう」

 シエラの指示に従って、生徒が交代して順番に魔法発動を行っていく。

 しかし初めての授業であるため、的に命中する者は少なく、命中してもその頃には威力が減衰していた。


 そして、リーゼリアの順番が回ってきた。


「それでは、杖を的に向けて構えて下さい」

「はい!」

 シエラの指示に頷くと、リーゼリアは右手に持った杖を的に向ける。


「さあ、魔力を杖に流して、魔法を思い浮かべて、全力で……放て!」

 声に合わせてリーゼリアが魔法を発動させると、杖の先から勢いよくこぶし大の水の玉が飛んでいく。

 勢いは衰えず、見事に的に命中し、的がぐらぐらと揺れた。


「お見事!」

 シエラは拍手をして、リーゼリアの魔法を褒める。

 これまでで一番の結果であるため、生徒たちからも自然と拍手が沸き起こっていた。


「い、いえ、そんなことは……」

 しかし、彼女の口から出た言葉は遠慮のような言葉だった。それは謙遜とも違うように聞こえる。


「あら? でも、とても良い結果でしたよ。みなさんも今のリーゼリアさんの魔法を参考にしてみて下さい」

 シエラから褒められているにも関わらず、リーゼリアはトボトボと肩を落としている様子を見てアレクシスは首を傾げていた。


「それでは最後、アレクシス君」

「あっ、はい!」

 しかし、名前を呼ばれたアレクシスは杖を持って立ち位置につく。


「さあ、魔力を杖に流して、魔法を思い浮かべて……」

 他の生徒の時と同じ言葉をシエラが口にしようとしたところでアレクシスは杖を下げる。


「えっと、シエラ先生。これって全力でやるんですよね?」

 本当にやってしまっていいのか、とアレクシスが確認する。


「えぇ、全力でお願いします」

 それに対してシエラはあなたの力を見せて下さい、という思いを込めて笑顔で返事をする。


「本当にいいんですね?」

「も、もちろんですよ。さあ、構えて下さい」

 念押しで質問してくるアレクシスに対して、少し嫌な予感を感じつつ、シエラは戸惑いながらも返事をし開始するように促す。


「わかりました。それじゃあ、いきますね……」

 彼女の返事を確認したアレクシスは体内を循環する魔力が杖に流れ込むように意識し、魔力を込めていく。

 杖に練り上げられた魔力が込められて光を放っていく。

 これまでも予想外のことをしでかしてきたアレクシスに期待してか、そこにいたものは的に集中していた。


 次の瞬間、パアンッという音が響き渡る。


「……えっ?」

「えっ!?」

「「「「はぁっ?」」」」

 アレクシスが驚き、シエラも驚き、生徒たちも口をあけて驚いている。

 的がピクリとも動いていないのに何かの破裂音が響いたからだ。


「えっと、その、壊れちゃったんですけど……」

 困った様子のアレクシスはゆっくりとシエラを振り返って、手元部分しか残っていない杖を見せる。


「そ、そうみたいですね。えっと、どう、しましょう。これが欠陥品だった、ってことは多分ないですよね。ちゃんと整備部門の人が確認しているはずですし……」

 的を大きく破壊することくらいは想定していたが、まさか杖を壊すとは思っていなかったシエラは戸惑い、動揺を見せていた。


 シエラはこの学院の出身であり、自分が授業を受けた時にもこの杖を使用している。

 学院に教師として赴任してからもずっとこの杖を使用している。


 それだけの経験があっても、一度として杖が壊れたことなどなかった。


「えっと、魔法発動はアレクシス君で最後なので、なんとかやらせてあげたいのですが……」

「先生、それじゃあ、直接手から魔法を放つ感じでもいいですか?」

 困っているシエラにアレクシスが助け舟を出す。

 魔力操作に関しては小さい頃からずっと訓練をしているため、手のひらから魔法を放つこともアレクシスには特に問題なくできる。


「えっ? 大丈夫ですか? まずは杖の補助があったほうがいいかと思いますが……」

「はい、小さい頃から両親から魔力の操作の指導は受けていますので、大丈夫です」

 力強く宣言するアレクシスの言葉に、彼の両親のことを思い浮かべ、それならばとシエラも頷いた……。


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