第15話


 アレクシスによる、白紙の魔眼についての説明は続く。


「特別な魔眼の力をどうすれば使えるようになるのかわかりませんでした。父も母も使用人も魔眼が使える。近い年齢の子どもたちも魔眼が使えている。生まれた時から魔眼の力が使えているのか? 何かがきっかけで使えるようになったのか? そこから考えることにしたんです」

 およそ子どもが考えつく話ではないため、黙って話を聞きながらエリアリアは内心驚いている。


 今よりも更に小さい頃にこの発想に至っていたアレクシスのすごさをエリアリアは再認識していた。


「魔眼が目覚めるほどのきっかけ――それは恐らく外部ではなく、身体の内部にあるのではないか。それはなにか? そうなると思い当たるのは魔力だけです。だから僕は自分の魔眼に魔力を流し続けることにしました。特別な魔眼であるなら、目覚めるのにも時間がかかると判断したからです」

 そういうと、アレクシスは眼帯を外した。ゆっくりと開いた眼は赤く輝いている。

 わかりやすく紅蓮の魔眼を発動させることで魔力を流していることをエリアリアに見せていた。


「綺麗な色です……それにしても一体何歳のころから魔眼に魔力を流し続けていたのですか?」

 小さい頃とは言っていたものの、どれだけの年月魔力を流せばあれほどの結果を残すことができるのか? エリアリアはそんな疑問を投げかける。


「確か四歳のころからだと思います。母に魔力操作について教えてもらったのがちょうどその頃なので……。さすがに最初の頃は起きている時だけでしたが、しばらく続けていたら寝ている間にもできるようになりました。今ではもう癖のようになっているので、今もずっと流し続けています」

 当たり前のことのように言うアレクシスに対して、エリアリアは自分の記憶の中にそんなことをできる人物がいたかを思い浮かべてみる。


 千二百歳を超えており、記憶もしっかりしているエリアリアだったが、誰一人として思い浮かばなかった。


「……なんだか常識では測れないとんでもないことを聞いたような気がします」

 それこそ自身が常識外の存在であるエリアリアだったが、アレクシスがやっていることはとんでもないことであるため、未だに驚きを拭えない。


「でもそういうことなら水晶玉が壊れた理由もわかりますね。魔力の許容量は小さい頃が一番伸びやすいです。その時期をそんな風に魔力を使い続けて過ごしたら当然の結果です……私が知っている白紙の魔眼の持ち主だった彼ですら、力に目覚めたのも、特別な力がある可能性に思い当たったのも成人してからでした。それも、多くの仲間の助言があったがゆえです」

 全てをたった一人で突き止めたアレクシスの慧眼に、エリアリアは驚きとともに敬意を持っていた。


「いえ、僕にも助言をくれた人が……人、なのかな? まあ、そんな感じの存在がいたからこそですよ。そのおかげでこの力を使えるようになりました……」

 アレクシスはこの世界に転生させてくれた神の言葉を信じていた。

 信じて、信じ続けて、信じ抜いたからこそ、ここまでの結果を残していた。


「なるほど、そういう方がいるのはとても良いことです。ところで話は変わりますが、いえ戻りますが、魔力量をもう一度測り直してみる気はありませんか?」

 思わぬエリアリアの申し出に、アレクシスの表情は曇る。

 前回と同じように水晶玉を壊してしまう場面を想像していた。


「ふふっ、心配していますね。今度は大丈夫です。ちょっと待っていて下さい。えっと、確かここに……」

 安心させるように柔らかく笑ったエリアリアは立ち上がると、棚を探し始める。

 だが上の段にはなかったらしく、下の段の戸棚を開いて一つの箱を取り出した。


 その大きさは三十センチ×三十センチで、アレクシスが破壊してしまった水晶玉のサイズとは比べるまでもないほどの小ささである。

 そして、箱から取り出されたのは案の定小さな水晶玉だった。


「アレクシス君、この小さな水晶玉を侮っていますね。これじゃあ試験の時と同じことになってしまう……そう考えている。違いますか?」

 図星を指されたアレクシスはビクリと身体を震わせて視線を泳がせている。


「わかります、わかりますよ。でもですね、この水晶玉は小さいように見えて、密度が高くて、測定できる魔力量もとても大きいのですよ。ただ、この密度の水晶玉は珍しく数が少ないので、生徒の測定ではあちらの大きいものを使ったんです。と、いうわけでこれなら壊れません……さあ、手をあてて魔力を流してください!」

 エリアリアに大丈夫だと太鼓判を押されたため、アレクシスも恐る恐る手を伸ばしていく。


 アレクシスは手をあて、魔力を流す前に再度エリアリアの表情を確認する。

 すると、彼女は大丈夫だと満面の笑みで頷いた。

 それはアレクシスに覚悟を決めさせた。


「いきます……」

 アレクシスが魔力を流していくと水晶玉がそれに反応して光を放っていく。

 光はどんどん強くなっていき、部屋中が光で埋め尽くされた。


「うわあああ!」

「アレクシス君、光が収まるまでやめないで下さい!」

 思わずアレクシスは叫び声をあげて手を放そうとするが、エリアリアが強い言葉で止めるため、指示に従って魔力を流し続ける。


 テストの時以上に水晶玉は光を放ってはいるが、あの時のようにヒビが入ったりすることはなく、そこに変わらずに存在している。

 そしてまばゆい光は徐々に収束していった……。


「こ、壊れなかった……」

 アレクシスは結果よりも水晶玉の無事に安堵している。


「す、すごい……」

 一方でエリアリアは先に結果を確認しており、それを見て驚いていた。


「僕にも見せていただけませんか!」

 その様子を見たアレクシスも移動して結果をのぞき込む。


「SSS……?」

 見慣れない結果にアレクシスが呟く。そこには呟いたとおりSが三つ並んでいた。

 試験の時の説明では一番上がSで一番下がFだということだった。

 そのため、アレクシスは首を傾げながらエリアリアの顔をチラリと見る。


「こ、これはこの水晶玉で確認できる限りの最高値です。本当にSSSって存在したんですね……」

 呆然と数字に見入るエリアリアも初めて見る結果に驚きを隠せずにいる。


「えっとつまり……すごく多いってことでいいんですかね?」

 アレクシスが恐る恐る聞くと、エリアリアは彼の肩に手を置いて大きく目を開く。


「多いなんてもんじゃありませんよ! 千年以上生きてきて、こんな値初めて見ましたよ! こんな結果が出るということは、もしかしたらアレクシス君は世界で最高位の魔力の持ち主かもしれません……」

 食い入るように迫りながらとんでもないことを言うエリアリア。アレクシスを見るその目はキラキラと輝いている。


「そ、そうですか。なんにせよ測定できてよかったです。えっと……そんなことより、よかったらエリアリア先生の仲間のその人のことをもっと教えて下さい! 周りには黙っていたってことは、僕みたいに眼帯をしていたんですか?」

 エリアリアがあまりに距離を詰めてきたため、アレクシスは無理やり話を変える。


「あぁ、彼はですね。両方白紙の魔眼だったんですよ。だから力に目覚めるまでは目が見えづらくてずっと困っていたみたいです。でも、彼も魔力量は多いほうで、魔力感知能力も高かったので周囲に何があるか魔力で感じ取っていました」

 昔を懐かしみながらのエリアリアの説明を聞いて、今度はアレクシスが目を輝かせていた。


「す、すごい! 魔力で周囲を感知することができるなんて……じゃ、じゃあ!」


 そこからはアレクシスがエリアリアのことを質問攻めにして、彼女は一つ一つ思い出しながら丁寧に話をしてくれた。




 アレクシスの質問は日が傾いて、夜が近づいてきた頃にやっとひととおりの終りを迎える。

 満足そうな表情の彼に対して、エリアリアは再び悲しそうな表情になっていた。


「私はあなたに謝らなくてはなりません。学院で用意した水晶のランクが低いがために、魔力試験では測定不能という結果に陥りました。そして、本来ならば強力な魔眼である白紙の魔眼に正当な評価を下したいのですが、本当の能力を知っているのは私だけであるため、それもかないません。あなたの能力であればSクラスであるはずなのに……」

 学校側の落ち度で、世間的なもののせいで、アレクシスを正当に評価することができない。

 これがエリアリアが悲しい表情をしている理由だった。


「いえ、僕自身全く気にしていないので大丈夫です。本当の魔力量はどれくらいなのかもさっきの測定でわかりましたし、白紙の魔眼がどんな力を持っているのか、僕の家族は知っています。それに、ここではエリアリア先生も知ってくれています。それで充分です。そのことによって、誰かに何を思われたとしても、ちゃんと認めてくれている人がいれば僕は強く生きていけますから」

 そう言ったアレクシスの眼には一点の曇りもなかった。

 大事な家族が自分のことを知っていてくれて、信じてくれて、認めてくれている――今世の彼にとってはそれが一番大事なことだった。


「そう……それならよかったです。何か困ったことがあったら相談にのりますので、気軽にここに立ち寄って下さいね。そうそう、もうこんな時間だから寮の食堂もやってないはずです。サンドイッチを作るのでちょっと待っていて下さい」


 それからエリアリアお手製のサンドイッチを受け取ったアレクシスは寮へと戻っていく。


 寮監が帰りを待っていて、お叱りを受けるところだったが、エリアリアの名前を出すとおとがめなしですんなりととおしてもらえた。





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