第21話


 リーゼリアと練習をした翌日、つまり休日二日目、制服姿のアレクシスは街にいた。

 腰には父から餞別としてもらった片手剣を身に着けている。


「……昨日の魔力操作練習は有意義だったなあ」

 思い出すようにふいにアレクシスは呟く。

 昨日の練習はアレクシスが一方的にリーゼリアに教える側にまわっており、教えた内容も彼が何年も前に通り過ぎてきたところである。


 しかし、改めてリーゼリアに説明をすることでアレクシスにとっても再学習になっていた。

 実のところリーゼリアが練習している横で、アレクシスも魔力操作の練習をしていた。


 リーゼリアが体内に流れる魔力を感じ取る練習をし、アレクシスは体表に魔力を流す練習を、しかもリーゼリアに指導しながら行っていた。


 動きながらでもそれができるように、また戦闘中に一か所に強く魔力を流すことで攻撃や防御にうまく転換できるようにしていた。


「人に説明して理解してもらうのは難しいからその点でも面白かったな──っとここか」

 アレクシスが今日の目的地として定めていたのは冒険者ギルドだった。


 彼の両親は優秀を通り越して、最優ともいわれるレベルの冒険者であった。

 そんな彼らを見てきたアレクシスは二人に近づけるようにと十二歳という若さでありながらも、冒険者登録をしようとやってきていた。


 冒険者登録に必要なのは何らかの身分証が必要となる。

 役所に行き、金銭を支払えば仮の身分証を発行してもらえることができるが、それには一定年齢が必要になる。


 子どものアレクシスはというと、年齢的に仮の身分証を発行してもらうことができないが、学院から学生証を配布されたことで晴れて冒険者登録をすることができるようになっていた。


「さあ、ここから始まりだ……」

 さすがのアレクシスも緊張しているようで、硬い表情でギルドの扉をくぐる。


 ギルドの扉は開け放たれており、入る前から広いホールがあるのが見える。

 そして、そこにはテーブルと椅子がいくつか置かれており、そこに冒険者たちが座っている。

 情報収集をしている者は立って話をしており、依頼を求めてやってきた者は依頼掲示板の前に立っている。


 アレクシスがギルドに足を踏み入れると、ギルド中の視線が一斉に彼に集まった。

 ──子どもが一体なにをしにやってきたのか、と。


「おいおい、ガキがやってきたぞ」

「生意気そうな顔をしてやがる」

「ガキは家でママのおっぱいでも吸ってやがれってんだ!」

 鍛えられた筋肉を持つ少し薄汚れた粗暴な冒険者たちがアレクシスを鼻で笑いながらあざける。


 ここまでを聞いて、アレクシスは思わず吹き出しそうになる。マンガで聞いたことがあるようなセリフをまさかこの世界に来て聞くことになるとは思ってもみなかったためである。

 さすがに吹き出すことはこらえたが、自然と頬が緩んだまま、受付へと向かう。


「えっと、その、いらっしゃいませ。ご依頼の登録でしょうか? それとも……」

 子どものアレクシスが周囲の冒険者たちの言葉に動じず、笑顔で受付までやって来たことに受付嬢は戸惑っていた。


「学院の一年生のアレクシスといいます。学生証があれば冒険者登録できると聞いてきました。これで登録できますか?」

 アレクシスは学生証をカウンターの上に出して笑顔で質問をする。


「えー、その、可能は可能なのですが、一年生が入学一週間と経たずに冒険者登録をするという前例がないもので……」

 受付嬢が何を言いたいのかはアレクシスはもちろん理解している。

 前例がないから、許可することはできない。だから今日のところは引き下がって欲しい――そんな意味が込められている。


「前例がない……つまり、僕がその最初の例ということですね。よろしくお願いします」

 しかしアレクシスはそれがわかっているうえで、引くことを知らず、終始笑顔で登録を申し出る。


「いえ、でも、その……」

 ニコニコと笑顔で圧してくるアレクシスに受付嬢はどうしたものかと、困惑していた。


「おいおい、ミスナさんは、ガキは登録できねえって遠回しにやさーしく言ってんだよ。ガキだからそんなこともわからねえのか。さっさと帰れ!」

 ミスナというのが受付嬢の名前であるようで、粗暴な口の利き方の冒険者に苦笑している。

 口調は荒かったが、おおむねそのとおりであるため、否定できなかった。


 それでも、アレクシスは引くことなく笑顔で良い返答をもらえるのを待っている。


「別にいいじゃねえか、登録してやれば……」

「いやいや、ミスナさんに決まりを破らせるわけにはいかないだろ!」

「あんなガキが登録してもすぐに死んじまうぞ!」


 冒険者たちも考えはそれぞれであり、登録に肯定的な者、否定的な者、ミスナの味方をする者など様々だった。それらの意見がぶつかりあって、ギルドホール内が騒がしくなっていく。


「――ふむ、騒がしいな」

 受付カウンター内にある階段を一人の男性が下りてきた。

 彼の登場とともに、ざわつきが徐々に収まっていた。

 彼は整えた顎鬚にシルバーの髪をオールバックにした、渋さを感じる男性でる。


「状況を見る限りではどうやらそこの子どもが騒動の原因であるようだが……どれ、私に話してみなさい」

「ギルドマスター! 実は……」

 騒がしさを感じたギルドマスターは事態を収拾するため説明を求め、ミスナがアレクシスが学院に入ったばかりの子どもであるが、冒険者登録の許可を求めていると説明してく。


「ふむ、彼が……なるほど、アレクシス君といったね。許可するのは簡単なことだが、君の実力を知らないことにはおいそれと許可をすることはできない。だから、力を見せてもらってもいいかね」

 これがギルドマスターが譲歩できるラインであった。

 実力がなければ許可を出さない。実力があればギルドとしても彼を冒険者にするメリットがある。


「もちろんです! で、一体何をすれば?」

 チャンスが訪れたと感じたアレクシスは即答し、早く戦いたいと力の確認方法を問いかける。


「なら、俺が力試しの相手をしてやるよ。俺の名前はバンズゥ、Bランク冒険者だ」

 バンズゥと名乗る冒険者は茶色の髪で、年齢はアレクシスの父ニコラスよりもやや年上に見える。

 健康的に日に焼けた皮膚の下に鍛え上げられた細身の筋肉を持ち、アゴ髭を生やしているが、綺麗に整えられていて清潔感がある。


 突如名乗りをあげたバンズゥだったが、Bランクといえば冒険者としても一流の部類に入り、彼の実力はみんなが知っている。


「バンズゥが相手をしてくれるというのであれば実力を計れるだろう。みんな、異存はないな?」

 ギルドマスターがこの場にいる全員に確認する。

 バンズゥは主に魔物討伐を生業としている冒険者であり、ソロで多くの魔物を倒している実績から戦闘能力の高さは折り紙つきである。


「アレクシス君もそれで構わないか? 正直なところ、バンズゥは強いぞ」

 ギルドマスターが念押しとばかりにアレクシスへと確認する。ギルドマスターの言葉に、他の冒険者たちも頷いていた。


「もちろんです。機会を与えてもらえるだけで十分過ぎるのに、それ以上の要求は言えません!」

 アレクシスの謙虚な態度に、舐めてかかっていた冒険者たちの何人かは応援したい気持ちが生まれてきていた。


 相対しているバンズゥも、場を取り仕切っているギルドマスターですらアレクシスに肩入れしたい気持ちが生まれてきている。


「力を示すのであればみんなの前でやったほうがいいだろうから、場所はここでいいよな? お前さんは武器を使って構わない。俺に一撃いれることができたら認める。それで構わないよな?」

 バンズゥがギルドマスターとアレクシスの双方に確認を求める。


「はい!」

「うむ、構わない。その前に場所を……」

 広げようと言おうとしたところで、冒険者たちはテーブルと椅子をホールの端に移動させ、自身たちも移動してスペースを空ける。


「……いつもはまとまらず、ケンカをすることもあるというのにこういう時に限って行動が早いとはな」

 その様子を見てギルドマスターは呆れていた。


「さて、力試しをする前にいくつか確認をしておこう。目的はアレクシス君の実力を測ること。バンズゥは素手で戦う。一撃入れれば合格。もちろん相手を殺すようなことをしたら失格となる。一応言っておくが、床も壁も強化されているから存分に戦ってもらって構わない」

 荒くれ者が出入りし、武器なども持っているため、壁や床は傷がつかないように強化した特別性になっている。


「わかりました!」

「はいよ」

 二人が返事をしたのを確認すると、ギルドマスターは頷く。


「それでは、双方数歩離れて……よし、それではアレクシス力試し戦――開始!」

 ギルドマスターの合図で戦いが始まる。


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