その少女は神を駆る
鋭い眼光を向けるメリルを店員は能面のような顔で平然と見つめ返す。
「ちっ、だんまりかよ。べらべら喋るのもムカつくが、シカトが一番腹が立つぜ」
苛立つメリルを見ながら、異常を察した
「もしかして、この人も魔物に……?」
「たしかに魔物の気配もしやがる。が、微かに
「えっ――」
「隠れてねぇで出てきやがれ!」
高速で飛ぶフォークは、見えないなにかに阻まれて動きを止めた。
キン――という乾いた音に遅れて空間がゆらぎ、人影を形作っていく。
「相変わらずやることが野蛮だね、メリル」
影の輪郭が鮮明になり、その姿がはっきりと見て取れるようになる。
微笑を浮かべているその人物は、淡い水色と白の魔崩少女の衣装を身につけ、手にしたハサミでフォークを挟むようにして受け止めていた。
「やっぱりテメーか、ヒカル! いけ好かねぇヤツだとは思ってたが、魔物ごと人間を操るたぁ、どういうワケだ?」
威嚇するようにバリカンを構えながら、メリルが声を荒げる。
「やっぱり、というとこはボクの存在に気づいていたのかい? まあ、そこまでの馬鹿ではないか」
ヒカルと呼ばれた少女は、色素の薄い青色のロングヘアをかき上げて嘲笑をもらす。
「ど、どういうことなの? あの子も魔崩少女なんでしょ?」
直子の疑問に答えたのは、じっと同族を睨んでいるメリルだった。
「どうもこうもねぇ! アタシから《
「《神駆り》の力の範囲内にいた君たちには、効果がなかったみたいだけどね」
涼しい顔で補足するヒカルに、メリルは憤りを爆発させる。
「アタシになんの恨みがあるってんだ! 《神駆り》をあんな所に捨てやがって、見つけるのにどんだけ苦労したと思ってんだよ!」
魔崩少女の能力は、ほとんどを魔崩具に依存している。それが無ければ、彼女たちは普通の少女も同然。そんな状態で魔物から逃れ、知らない世界を彷徨い歩くのは、かなり過酷な行為だ。
「ボクと君の魔崩は、どちらも髪に関連する。数多の同族の中でもそれは稀有なこと。同じ魔崩の担い手は二人も要らない。だからボクは、君から力を奪うと決めた。でもその魔崩具は、身を隠してしまった。担い手が生きている限り、その所有権を他者には移さないらしい。ここまで聞けば、もうわかるだろう?」
「そんな理由でアタシを消そうってのか? そもそも小競り合い程度ならともかく、魔崩少女同士の戦闘は禁止のはずだぜ? そのために監視があんだからよぉ」
メリルの言葉に、ヒカルは口元を歪める。
「いくら
言い終わらないうちに、ハサミで挟んでいたフォークをメリルに向けて放つ。
光を散らして素早く変身したメリルは、飛来するそれを素手で打ち落とした。
しかしその隙に乗じてヒカルは、魔崩具を指揮棒のように振る。
「なっ――⁉」
メリルの脇をウエイトレスがすり抜け、隠し持っていた食事用のナイフを直子の首筋に突きつけた。
「コレは困ったね。人間に危害を加えようとする魔物を発見したものの、ボクとその魔物の間にはメリルがいる。このまま魔崩を使ったら、メリルも巻き込んでしまうなぁ」
「てめぇ……、正気か?」
メリルが眉間に皺を寄せたときだった。
「だめぇ‼」
重美が反射的に両手を伸ばす。
一瞬、透明な膜のようなものが火花を散らしたものの、それを貫通して店員の体を突き飛ばした。
「は?」
その場にいた全員が――重美自身を含め――、驚愕の声を上げる。
「なにこれ? なにが起こったの?」
「この女――!」
首をかしげる重美を見据えて、ヒカルが理解を帯びた表情になった。
「そのまさからしいな。この嬢ちゃんは、《神駆り》に二度触れてる。それに、髪を拝借した時に感じた力も桁外れだった」
「強い生命力をもった髪から、魔崩が体内に流れ込んだというのか? 馬鹿な……」
互いに考えを補完させていく魔崩少女たちの会話を聞きながら、直子も朧げに事態を把握していた。
「重美……、あんたの髪のおかげで、私、助かったみたい」
「え? そうなの? もぉ、よくわかんないけど、直ちゃんに手を出すなんて許せない! やっちゃえ、メリルちゃん!」
ビシリとヒカルを指差して吠える重美に、赤髪の少女は可笑しそうに笑う。
「ハッ! 言われなくてもだぜぇ‼」
バク転の要領で跳躍し、バリカンを駆動――直子の頭上を通過しながら、その艷やかな直毛を刈り上げる。
「ちょっ! なんで私⁉」
「一回力を抽出した人間は、しばらく媒体にできねえんだよ!」
細い髪が重力に支配されかけて落下を開始する直前、光を帯びた針のようなものに変じ、標的に向けて射出された。
「くっ……」
襲い来る鋭利な破壊力をハサミで払い落とすヒカルだったが、全てを捌くことはできない。迎撃をすり抜けた光の針は、じわじわとダメージを蓄積させていく。
「これで、終いだァ!」
相手の動きが鈍ったのを見逃さず、メリルは光の束を掴み取り、魔崩で結合させる。そうして形成した太い杭を解き放った。
ヒカルの肩に杭が命中し、鈍い音を立てて地に落ちる。
「さあ、観念しやがれ」
ゆっくりと歩を進めながら言ったメリルにしかし、苦痛に顔を歪めながらも、ヒカルは尊大な態度を崩さない。
「ははっ――、これで終わりだと思うかい? やっぱり君は単純だね」
「これ以上なにをしようって――」
言いかけて、メリルはソレに気づいて顔を上げた。
厨房から姿を現した三人の男女。その誰もが感情のない顔で、包丁やナイフなどを手にしている。
「てめぇ……ほかの店員にも手を回してやがったか」
「彼らにも結界を施してある。もう媒体はない。観念するのは君の方だ、メリル」
背後で身を固くしている直子たちを見やり、メリルは歯噛みする。ヒカルの言うように、《神駆り》の力だけでは足りない。
思考を巡らせていたメリルは、不意に肩を震わせた。
「はは、まだあるじゃねえかよ」
静かに笑い、彼女は魔崩具を持ち上げていく。
その様子に、ヒカルが目を見開いた。
「なっ……! 気でも狂ったのか、そんなことをしたらどうなるか――」
「どっちみち、このままじゃやられちまうんだろ? それに、んなことでアタシが日和るとでも思ってんのか――、なめんじゃねぇ‼」
怒号とともに、右側頭部にバリカンを押し当てる。激しい物理抵抗を
右半分の髪がはらりと解けるのと同時に、メリルの周りに紫電が走る。
「うっ……ああ、ぁあああああああ!」
呻き声を上げ《神駆り》を取り落した彼女は、両手で己の体を掻き抱いた。身にまとう
それらが男女の店員に直撃した途端、その頭部から髪が刈り取られ、彼らは次々と気を失っていった。
「ま、魔崩具の力を体内に宿したというのか?」
道具を介さない魔崩の発露。そんな芸当は、魔除にも出来はしない。
魔除すらも超えたその存在は、恐怖に染まったヒカルの顔を見据える。
その瞬間、雷撃が
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