その少女は説明する

 魔崩まほう――それは、『魔を崩す』ための力。


 その担い手は魔崩少女と呼ばれ、人間に取り憑いて悪事を為す魔物と敵対している。

 別の世界からやって来た彼女たちによって脅威は処理され、世界の平和は保たれている。


 昼のピークを過ぎて閑散としているファミレスの店内で、テーブルの向かいに腰掛けている――いまは普通の格好に戻っていた――メリルから、直子なおこたちはそんな説明を受けた。


 先程の状況を実際に見ていなければ到底信じられないような話だが、メリルの声は淡々としている。


「んで、魔崩少女ってのは、見習いみたいなもんなんだよ。この力は魔物の存在を崩すだけで、消し去れるわけじゃない。だからアタシらは魔物をもっと高位の存在――魔除まじょの元に送る役目なんだ」


「ち、ちょっとまって。混乱してきた。さっき男の人たちの髪を刈ったのは、魔物を倒すためじゃないの? ていうか、アタシ『ら』って言った? あんたみたいのが他にもいるの?」


「いっぺんにいろいろ聞くなよ」


「だって次々とわからないことが出てくるんだもん」


 フォークでショートケーキの端をつつきながら、直子が眉尻を下げる。


「そーだよねぇ、わかんないよね~」


 隣りに座っている重美えみが、惚けた顔で雑な相槌を打つ。よっぽど新しい髪を気に入ったのか、先程からずっとこんな調子だった。


「あんたね、ずっとそのままだったら学校とかどうするつもりなのよ」


 呆れ顔の直子に、メリルが表情を変えずに口を開く。


「そのことだけどな。二、三日したら元に戻るぞ」


 重美の目から光が消えた。


「えぇ⁉ 嘘でしょ……? ぴえん通り越してぱおん通り越してガビーンなんだけど……」


 最近の若者言葉が、巡り巡って死語に行き着いた。  

 うなだれる重美を無視して、メリルは話を続ける。


「さっきの質問の答えだが、アタシの魔崩具まほうぐ――《神駆りカミガリ》は、髪を介して取り憑いた魔物を崩壊させる。で、さっきみたいに髪を媒体にして、力に転用することもできる。その副作用っていうか、一時的な力の暴発でこうなっちまうんだが、いずれ落ち着いて元に戻るって具合だ。魔崩少女ってのは結局、魔崩具に選ばれたヤツの総称で、アタシ以外にも沢山いんだよ」


「そんなのがいっぱいいたら、世の中の人間の髪が大変なことになりそうだけど……」


 不安げな直子の言葉をメリルは短い笑いとともに一蹴した。


「ハッ! 髪を介してなんてのは、マシなほうだぜ。魔崩具ってのは、魔物を体の一部に集めて切り離すための道具だ。爪を剥がしたり、目玉をくり抜いたりするような魔崩具だってある」


「えぇ、怖すぎるんだけど……」


 ぶるりと体を震わせてから、直子は思ったことを口にする。


「でもそう聞くと、その道具が凄いってことよね。なんでそんな大事なものをあんな所に放置してたのよ?」


「自分で生垣にぶっ刺すわけねーだろ。人間界に来る途中で、いろいろあって手放しちまったんだよ」


 嫌なことを思い出したのか、メリルは顔をしかめてコップの水を一気に飲み干した。それから「さて」と前置きし、


「そっちの質問にはだいたい答えた。次はアタシの番だ。お前ら、アタシの――いや、魔崩に関する全てのことを、秘密にできるか?」


 大きな瞳で直子と重美を見据えながら、少女は低い声で言った。


「えっと、それはいま聞いたことを誰にも話すなってこと?」


「ああ。さっきの紙切れ――あれはアタシらへの伝達手段なんだが、魔崩少女は基本的に魔除の指示に従わなきゃならねぇ。魔物から解放された人間の記憶は、そのとき勝手に消える。でも間接的に関わった人間の記憶は、魔除にも勝手にいじれねぇ。だから、アタシらが説得して黙っててもらうしかない。ま、そんなカンジのことが書かれてた」


 魔崩少女も大変なんだなと、直子は少し同情する。


「まあ、他人に話しても信じてもらえないと思うけど。あんたたちのおかげで世界が守られてるみたいだし、秘密にするくらいかまわないわよ。ね? 重美」


「え……? うん……」


 暗い顔で押し黙っていた重美は、いまだに髪の件がショックらしかった。


「助かるぜ。本来はる前に人払いの結界を張るんだが、あのときは《神駆り》が手元になかったからよ」


 安堵の息を吐いて、メリルは懐からなにかを取り出して口に咥える。それが煙草だということに遅れて気づいた直子は、慌ててそれを奪い取った。


「ちょっと、なにしてんの! その歳で煙草なんて……!」


「ああ? やっと肩の荷が下りたんだ、一服くらいさせろ。それにな、アタシはもうとっくに成人してる」


「は? 嘘でしょ? 騙されないわよ」


「魔崩少女になると第二次性徴が止まるんだよ! だいたい、年端もいかねえガキが一人で別の世界に来て、まともに戦えるわけねえだろ! ほかの魔崩少女も、成人してるヤツばっかだぞ!」


「それもう『少女』じゃないじゃないのよ! そもそもこの店、禁煙なんですけど!」


 言い合いながらメリルが煙草を奪い返そうとした瞬間、彼女の頭上から急に水が降ってきた。


 驚いて視線を上げた直子は、コップを逆さまに持ったまま無表情で立っている女性店員に気づく。


 一方メリルは、水を滴らせながら振り返り、口の端を吊り上げた。


「おいおい、いくらなんでもキレすぎじゃねぇか?」

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