19.カフェの混雑はピークを迎え

 ――厨房のドアを勢いよく開く。


 慌ただしく近づいていく私に反し、片桐さんは、いつも通り、落ち着いた様子でパフェの具材を盛り付けていた。


 息が上がってしまい、うまく声が出ない。


「……す、すみません。3番テーブルのオーダー分は出来上がっていますか?」


 私は、それだけを辛うじて言い終えた。


「3番テーブルの二名様分、出来上がりました。お願いします」


 片桐さんは表情一つ変えず、そう言うと、次のオーダーに目を通し、今度はチョコペンでケーキ皿に模様を描き始める。


「ありがとうございます」


 私は出来上がったストロベリーパフェをトレイに載せ、次は一緒にオーダーされた紅茶を準備する。

 ルミエールでは紅茶を2ポット方式で淹れる為、まず抽出用、サーブ用、夫々のポットをお湯で温めておく。

 その後、お湯を捨て空にした抽出用のポットに計量した茶葉を入れ、新たに沸騰させたお湯を注ぎ3分ほど蒸らす。

 茶葉が上下に揺れ動く様を見ながら、私は軽く息をついた。


(……落ち着こう。私が焦って万が一、お客様に何か粗相をしてしまったら、それこそ目も当てられない……)


 茶葉を蒸らし終えたら、抽出用ポットの中の紅茶を予め温めていおいた空のサーブ用ポットに注ぎ入れれば出来上がり。

 私はカップと紅茶の入ったポットをパフェと一緒にトレイに載せ、ひと呼吸置いてから、お客様の待つテーブルに向かった。


「お待たせして申し訳ございません、ストロベリーパフェとアールグレイでございます」


「……はい」「どうも」


 お客様は、お二人とも不機嫌な様子だったが、何とかクレームにならずに済んだ。


(いちいち落ち込んでたら駄目だ。気持ちを切り替えなきゃ……)


 しばらくして、今度は別のテーブルのお客様から声がかかる。


「すみません……お水、もう一杯頂けますか?」


「はいっ、ただいま」


 ウォーターピッチャーを取りにパントリーへ急ぐ。


(あー、もう足が攣りそう!)


 精神的にも体力的にも、もはや限界に近い。


 私が頼まれたお水をお客様のグラスに注ぎ終え、再度ホール全体の様子を見回そうとしたちょうどその時、叔母さんがエプロンのフリルの裾をなびかながら、私の前に現れた。


「お待たせっ!!」


 すれ違いざまに叔母さんが耳元で囁く。

 真っ白なエプロンを身につけ、颯爽と歩いて行くその姿は、今の私にとって救いの女神ように神々しく見えた。


 叔母さんが厨房の方に姿を消し、私がホールをラウンドし始めた矢先に、二人組の若い女性のお客様から声をかけられた。

 彼女達のテーブルには、オーダーしたメニューが既に並んでいる。


「どうかなさいましたか?」


「……あのぉ、いつもお店にいるウェイターのお兄さんは……」


 お二人のうちのお一人が少し恥ずかしそうに訊いてきた。


(悠馬さんのファンの子かな?)


「申し訳ございません、生憎、佐々木は本日、休みを取っております」


「そうですか……残念だね」

「うん」


 お二人は気落ちした様子で顔を見合わせた。

 おそらく彼女達は、悠馬さんと会いたくて来店されたのだろう。


(悠馬さん、やっぱり女の子に人気があるんだなぁ……まさか今日は体調が悪くて休んでいるとも言えないし……)


「こちらお店は、年内はいつまで営業してるんですか?」


「29日までになります。その日でしら佐々木もおりますので、また是非お越しくださいませ」


「じゃあ、また来よう」

「……そうだね、お姉さん、また来ますね」


 そう言って、お二人は私にも笑顔を向けてくれた。

 以前、お店の周りで悠馬さんを待ち伏せしていたようなファンの人達とは違い、こちらの方々のような常識を弁えたお客様なら、彼も細かいことに気を揉むことなく、気さくに接することができるだろう。


 それから、叔母さんのお陰もあり、何とか忙しさのピークを乗り超えることができた。


 お店が閉店したら、悠馬さんの体調を確かめて、彼にあまり負担がかからないように、私が明日もカフェのヘルプに入ってもいいか叔母さんに訊いてみよう。


(そういえば、年内のカフェの営業は29日までで、年始は1月6日から……その間、コンシェルジュ業務があるとしても、年末年始は少しゆっくり過ごせないかな……)


 この仕事は、やり甲斐もあるし、もっと頑張らないとという気持ちもあるけれど、私生活に張りを持たせれば、仕事に対するモチベーションが、より高まる気がするのだ。


 ◇


 17時を過ぎ、カフェは閉店時間を迎えていたが、つい数分前に来られたお客様がいらっしゃった為、私はまだホールから離れられずにいた。


「あとは私が見ておくから、環ちゃんは悠馬君の様子を見に行ってくれる? さっき私が昼食を持っていった時は、まだ寝ていたみたいだから、冷蔵庫のラップかけてあるやつ、温めて持って行ってあげて」


 叔母さんは、さり気なく私の横に並んで耳打ちをした。

 私が今、そうしたいだろうと気を遣ってのことかもしれない。

 叔母さんは、相手の気持ちを汲み取ることができる人だから……


「分かりました。じゃあ、すみませんが、こちらはよろしくお願いします」


 私は厨房の冷蔵庫にラップをかけて置いてあったおにぎりと、即席のお味噌汁を用意して悠馬さんの部屋に向かった。





















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