18.カフェがオープンして

 その後、石川様が食堂に姿を見せ、御入居者、全員の朝食が済んだ。


 私が厨房に入っていくと、自分用の朝食を準備していた片桐さんが顔を上げた。


「あ、おはようございます」


 片桐さんの髪の毛が一部だけ、ぴょこんと跳ねている。

 少しだけ脱力して見える片桐さんに、いつにも増して親しみを感じる。


「おはようございます。昨日は、あれから何時まで田村様と、お話しされてたんですか?」


 片桐さんは寝ぐせを気にしているのか、指で髪を撫でつけながら、


「23時くらいまででしょうか……彼女の押しの強さには困ったものです」


 と言って肩を竦めた。


 私と叔母さんが食堂を出たのが22時を少し過ぎた頃だったから、約一時間、片桐さんは田村様の話に付き合わされた訳だ。


「そうですか、大変でしたね……田村様、今日は長谷川様とお出かけの御予定ですし、バイタリティのある方なんですね」


「ええ、彼女の心身共にタフで行動力があるところは、昔から素晴らしいと思ってるんですが……翠川さんも何か無理なことを頼まれたりしたら、はっきりと断ってくださいね」


 片桐さんは田村様と旧知の仲であるからなのか、彼女こととなると歯に衣着せぬ物言いになる。


 私は、片桐さんに気兼ねなく本音を言ってもらえる田村様のことが、寧ろ羨ましかった。


 朝食を載せたトレイを持つ片桐さんと、誰もいない食堂に戻る。

 今日は朝からよく晴れていて、窓から差し込む陽の光が、いつもより少しだけ眩しく感じられた。


 ――片桐さんがトーストを齧る。


 マグカップからはコーンスープのいい匂い……


 光に照らされて薄茶色に見える彼の髪が、とても綺麗で、私は、ぼんやりとその様子を眺めていた。


(こんな風に片桐さんと、もっと一緒に過ごしてみたいな……)


「翠川さん、……翠川さん?」


「あっ、はい。すみません!」


 私は、くだらない身勝手な妄想に夢中で、我を忘れていた。


「そろそろ、カフェの開店準備に取りかかりましょうか」


 食べ終えた食器を片付けながら、片桐さんが言う。

 いつの間にか、その表情は、すっかり仕事モードに切り替わっていた。


「はい! 今日は一日、よろしくお願いします」


「こちらこそ。土曜日なので、お客様が沢山いらっしゃるかもしれませんが、あまり焦らずにいきましょう」


 片桐さんに笑顔でそう言われると心が落ち着き、今日一日、肩肘を張らずにホール業務を全うできそうな気がしてくる。


 それから片桐さんは厨房に戻って、お客様にお出しするドリンクやスイーツの下準備をし、私は店内の清掃や、販売用のスイーツを商品棚に陳列したりしながら、カフェの開店時間に備えた。


「いらっしゃいませ、二名様でいらっしゃいますね。では、お席に御案内致します」


 ――13時、予定通りにカフェはオープンした。


 今日は、いつもより、カフェ前の通路に並ぶお客様の数が多い。

 クリスマスを再来週に控えた土曜日であり、市街地から少し外れた場所に位置する此処、ルミエール周辺にも確実に人出が増えてきているようだ。


 叔母さんから内線で、事務作業が終わり次第、カフェのヘルプに向かうという連絡があり、私は胸を撫で下した。

 長谷川様と田村様は外出中、石川様は一日、館内で過ごす予定で、特にコンシェルジュを必要とする用件もなさそうな為、叔母さんにカフェの手伝いをするよう促したそうだ。


 御入居者もお客様であることに変わりはないのに、石川様は、いつも私達を気遣ってくれている。

 彼女には、いくら感謝してもしきれないほどだ。


 次々にお客様が来店されて、空いているテーブル席は残り一卓になった。


「すみませーん、あとどれくらい待ちそうですか?」


 テーブル席のお客様から声がかかる。


「申し訳ございません、只今、確認して参りますので、少々お待ちください」


 これ以上ないくらい早足で歩き、足が縺れそうになる。


(悠馬さんは、いつもこんな感じなの⁉)


 こんな動きっ放しの状態、学生時の部活動以来かもしれない……

 今までもヘルプは何度かしたことがあるけど、一人でカフェのホール業務を担当するのは今日が初めてで、パニックに陥ってしまいそうだ。













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