15.私がカフェのヘルプに

 今日、悠馬さんは午後から体調が悪くなってしまったのに、無理をしてカフェの閉店時間まで働いてくれていたのだ。

 内線で知らせてくれれば私が交代することもできたのに、私や片桐さんに気を遣って黙っていたのだろう。


(悠馬さんの分も少しでも働いて、皆の仕事の負担を減らさないと……)


 私はルミエールで迎える初めての年末に気が急いていた。

 ラッピングしたスイーツが、どんどん目の前に積み上がっていく。

 仕事をこなしている満足感は得られたものの、年末を無事、乗り越えられるかという不安は一向に拭いきれなかった。


 食器の時折、触れ合う音と包装紙でラッピングする音だけが聞こえる食堂に、叔母さんがヒールの音を響かせて入って来る。


「石川さん、長谷川さん、こんばんは」


 ひらひらと、お二人に手を振ると、今度は私めがけて物凄いスピードで歩いてきた。


「環ちゃん、お疲れ! で、悠馬君の具合はどうなの?」


 叔母さんには、カフェの閉店後、悠馬さんの様子を電話で連絡したばかりだった。


「さっき熱を測ってもらったら、37℃でした。明日は念の為、お休みしてもらった方がいいかもしれないですね」


「そう……今はゆっくりしたいだろうから部屋に寄るのは止めておくわ。今日は私もこっちに泊まるし、明日は何でも手伝うから安心して」


 叔母さんに一緒に居てもらえるのは有難いし、凄く心強い。


「ありがとうございます。じゃあ、私がカフェのヘルプに入りますので、オーナーにはコンシェルジュ業務をお願いできますか?」


「そうね……環ちゃんの方がカフェの勝手を知っているでしょうから。そうしましょう」


 叔母さんのお陰で少し不安が和らいだ。


 それから叔母さんには、空いている部屋で休んでもらうことにし、私は片桐さんを手伝う為、厨房に向かった。


 片桐さんは、いつもと変わらず、落ち着いた様子で作業に勤しんでいた。


「お疲れ様です」


 片桐さんを驚かせて手元が狂わないように、小声で話しかける。


「お疲れ様です。悠馬さんの具合はどうですか?」


 片桐さんはカフェの閉店後も厨房に籠り、御入居者方の夕食や翌日の販売用スイーツを作らなければならなかった為、仕事を上がってからの悠馬さんの体調を確かめる余裕もなかったのだろう。


「本人は大丈夫だと言っていましたが微熱もあるので、叔母と相談して、明日はお休みしてもらうことになりました」


「そうですか……彼は僕の仕事もかなり助けてくれていたので疲労が溜まっていたのかもしれないですね。翠川さんは体調、大丈夫ですか?」


「はい、私は大丈夫です。片桐さんこそ一番お疲れですよね……本当にすみません」


「なんで翠川さんが謝るんですか……年末ですから、忙しいのは当然のことです。頑張って一緒に乗り越えましょう」


 片桐さんは何時いつになく、熱のこもった口調で言った。


「はい、頑張りましょう!」


 そう私が答えると、片桐さんは大きく頷いた。

 いつもは涼し気な彼の瞳に、強い力が宿っていた。


 私は気合いを入れ直し、作業に戻る。

 先ほどラッピングし終えた分のスイーツを箱に詰め、背の高い棚の上に載せようと、つま先立ちをしていたら、片桐さんが私の背中越しに、すっと手を伸ばした。


「危ないですから、こういう時は遠慮せずに声をかけてくださいね」


 と片桐さんは言い、軽々と、その箱を持ち上げ、棚の上に載せてくれた。

 冬の夜気が流れ込む厨房で、片桐さんの体温を微かに感じる。


「す、すみません。ありがとうございます」


「いいえ」


 その声は、まだ近く……


(どんな顔で振り返ればいいの……)


 考えただけで顔が熱い。

 思い切って振り返ると、そこにはまだ、同じ棚に並ぶ製菓用の粉類の在庫を目視で数えている片桐さんが立っていて、ばっちり目と目が合ってしまった。

 それだけで胸の鼓動が聞こえてしまいそうなほど激しくなる。


「翠川さん、顔が赤いですけど……もしかして体調悪いですか?」


 と言って、片桐さんは不意に私の額に手を当てた。


「あっ、いえ、その……私は大丈夫です!」


 そう答えたものの、私は慌てるばかりだった。

 そんな私の混乱を余所に、片桐さんは、


「それなら良かった」


 と呟き、大きく息を吐いた。


 二人きりで、こうして仕事をするのは、いつ以来だろう……


 食材の在庫確認を終えた片桐さんが、今度は私のラッピング作業の続きを手伝ってくれることになった。

 普段は私と悠馬さんで作業することが殆どで、片桐さんがクリスマス向けのラッピング作業をするのは今日が初めてだ。


 私は片桐さんに、まずラッピングの手順を本で見せ、次に、私が実際に包むところを見てもらいながら説明をした。

 それから片桐さんは、すぐにコツを掴み、器用な手つきで次々にラッピングを仕上げていった。

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