13.夕食どきに石川様と

 慌ただしく時間が過ぎ、気が付けば夕食どきになっていた。

 私はコンシェルジュ業務を終え、食堂に顔を出す。

 今晩は、田村様と長谷川様、お二人とも其々、外出中の為、夕食は不要。

 その為、今日は石川様が一人、テーブルで静かに夕食を取られていた。


「石川様~」


 私が少し離れた所から声をかけると、石川様が笑顔で手を振り返してくれた。

 テーブルに近づくと、彼女は食事の手を止めて、私に向かい側の席に座るよう促した。


「ねぇ、環ちゃん。長谷川さん、今日は、お休みだったの?」


「はい、有休を取られたみたいですよ。恐らく今、叔母と食事していると思います」


 そう私が答えると、石川様は目を丸くして、


「えっ、ほんとに⁉︎」


 と驚きの声を上げた。

 石川様は多分、長谷川様が叔母さんと食事をする為に、わざわざ有休を取ったんだと勘違いをしているだろう。


「あー、違うんです。これには色々と事情がありまして……」


 叔母さんと長谷川様が一緒に出かけることになった経緯を私が石川様に説明していたところに、悠馬さんがやって来て、話に加わった。


「明子さんも、なんだかんだで面倒見いいわよね~」


 と石川様は言う。

 叔母さんに感心しているようだ。


「そうですね、長谷川様もお喜びになられていました」


「長谷川さんも田村さんに夢中か~。こりゃ、一波乱ありそうだな……」


 悠馬さんが、わざとらしく呟く。


「田村さんって、あちらに恋人はいらっしゃるのかしら」


 と石川様は皆が一番気になっていることをさらりと口にした。


「綺麗でバリキャリ、却って敬遠する男もいるかもしれないね。プライドの高すぎる男だと、そういう女性に張り合っちゃって上手くいかないってこともあるし……」


 悠馬さんの見解は相変わらず鋭い。


「か、片桐さんが彼氏ってことはないでしょうか……」


 私は思い切って二人に訊いてみた。


 二人は暫く、じっと考え込んでいた。

 私には、その沈黙がとても長く感じられ、自分で質問をしておきながら二人の答えを聞くことが怖かった。


「そうね……フランスと日本でしょ。国内だって遠距離恋愛は難しいわよね」


 と石川様が言うと、悠馬さんは同意を示すように何度か頷き、


「うん、過去に付き合っていたか、もしくは田村さんが一方的に片桐さんと、よりを戻したいかじゃない? 見ててそんな感じがするな」


 と端的に言った。


「環ちゃんは、どう思う?」


 今度は悠馬さんが私に尋ねた。

 石川様は私が口を開くのを穏やかな顔つきで待っていてくれる。


「……私は、片桐さんがフランスでお互いの部屋を行ったり来たりしていたと言っていたので、やっぱりお二人は恋人だったのかなと思っています……」


 私は自分の正直な考えを話した。


「まあね、こうして私達が話したところで真相が分かる訳でもないし……彼らが自然に話してくれるのを待ちましょう。もしかしたら長谷川さんが一番最初に知ることになるかもしれないけど……」


 石川様は、そう言って悪戯っぽく笑った。

 けれど、その言葉や声には優しさが溢れていて、悠馬さんと私の顔も、いつの間にかほころんんでいた。


 丁度そこへ仕事がひと段落したと思しき片桐さんが歩いてきた。

 欠伸をした後なのか、彼の目は少し潤んでいる。


「片桐さん、お疲れみたいね。クリスマス前だから大変でしょ」


 石川様が気遣って、そっと彼に声をかけた。


「ええ、まあ……でも、一年の締め括りみたいなものですから」


 と片桐さんは言い、表情を引き締めた。

 確かに、これから年末の最終営業日にかけてがルミエールの正念場となるだろう。


「今日は私以外ここで夕食を取る人もいないんだし、皆も夕食を済ませてしまったら? 少しでも早く仕事を終わらせて体を休めた方がいいわ」


 石川様からの有難い提案を受け、私達は皆で一緒に夕食を取り、その後、厨房で残りの業務を終えた。

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