8.三名でお食事
カフェの閉店時間が過ぎ、私は夕食の準備を手伝いに食堂へ向かった。
悠馬さんに一声かけ、厨房を覗くと、片桐さんは御入居者三名分の夕食作りの真っ最中だった。
食堂の時計の針が18時を過ぎ、私と悠馬さんは夕食のテーブルセッティングを始める。
17時過ぎに、長谷川様がコンシェルジュ・デスクに来られて、田村様、石川様のお二人と一緒に夕食を取る約束を取り付けたと報告をくれた。
「そういえば、田村さん、どうしてルミエールに滞在することにしたんだろうね」
彼女は確か、ルミエール最寄りの駅から二駅先のホテルに先日まで滞在していたはずだ。
年末間際だから延泊ができなかったのかもしれない。
「うーん、他のホテルの空室がなかったか、片桐さんと、もっとお話しがしたかったとか……」
「ほほぅ、ということは、田村さんの方が片桐さんに気があると環ちゃんは踏んでる訳ね」
「悠馬さんは、そうやってすぐ男女関係に話を持っていきたがる……そういうことばかりじゃないでしょ、人間関係って」
「環ちゃんは大人だね……つまんないっ!」
拗ねた女の子のような口調で悠馬さんが言う。
(悠馬さん、女性から引く手あまたなんだろうし、なんでそんなに二人のことを気にするんだろう……もしかして彼も田村様のことを⁉)
「環ちゃん、手が止まってる!」
「は、はい! ごめんなさい」
悠馬さんは話をしながらも手際よくカトラリーを並べていた。
「ボーっと俺の顔なんか見て……俺のこと何か気になってる?」
茶化すように悠馬さんが私の顔を覗きこむ。
それから急に彼が真顔になり、こちらを見つめる深い瞳が吸い込まれそうに綺麗で、思わず視線を逸らしてしまう。
「ち、違うからっ!」
悠馬さんの勘が、あながち外れていなかったので、あたふたとしてしまう。
私は、その動揺を隠すように素早く残りの作業を終え、御入居者の三人を迎えにエントランスへ向かった。
エントランスでは、御入居者の三名が談笑しながら、私が迎えに来るのを待っていてくれた。
食堂に向かって歩いている間、長谷川様は田村様にルミエールについて、色々と詳しく教えてあげていた。
その様子を笑顔で見守っていた石川様が、さりげなく私の横に来て、
「環ちゃん、油断できないわよ。田村さんと片桐さん、やっぱり何かあるんじゃないかしら……チャンスがあったら探ってみるわね。フフ」
と楽し気に囁く。
「はぁ・・・・・・」
石川様の好奇心に再び火が点いてしまったようだ。
前回、田村様が帰られた後に、あれだけ自省していた石川様が、またもや詮索し始めようとしている……
(ダメだ……全然、凝りてない)
何故こうも此処には好奇心の塊みたいな人ばかり集まってしまうのか。
それはルミエール特有の居住スタイルに起因していると思われる。
人と関わることを苦手とする人ならば、共用の食堂があるなど、入居者同士が頻繁に顔を合わせる機会がありそうな物件に、わざわざ住んでみようとは思わないだろう。
ルミエールに住まう人は、皆、人間が好きなのだ。
私自身もコンシェルジュの仕事をしながら、ルミエールで生活を送るようになり、人と共に過ごす時間を以前よりも慈しむようになっていた。
食堂のドアを開けると、悠馬さんが洋画で観たウェイターさながらの優雅な動作で三名を席に案内する。
テーブルでの対応は彼に任せて、私は冷やしておいたシャンパンを取りに厨房へ行った。
「片桐さん、お疲れ様です」
「……あ、はい。お疲れ様です」
片桐さんは、お料理の盛り付けの仕上げにハーブの葉を添え、一呼吸置くように返事をした。
「御入居者三名様、今、テーブルに着かれました」
「了解しました。皆さんのお食事が終わられたら、私も御挨拶に伺いますね」
今晩はコース料理の為、最後の一品を提供し終えるまで、片桐さんは厨房を離れられない。
「あの、片桐さん……デザートを皆さんにお召し上がりいただく時に、片桐さんも御一緒にテーブルで、お話しされたら如何でしょうか? 他のお客様もいらっしゃいませんし、片付けでしたら私と悠馬さんでやっておきますので」
「翠川さん、お気遣いありがとうございます。実は田村さんに仕事が終わった後、部屋に呼ばれていまして……何か相談ごとでもあるのかもしれないんですが……ですから、皆さんがお食事を終えるまで厨房に控えていようと思います」
と片桐さんは少し躊躇いがちに言い、私の提案を退けた。
頭が真っ白になった。
部屋に呼ばれているということは、やはり二人は付き合っていたのかもしれない。
田村様は片桐さんと復縁する為、日本に帰国したのだろう。
私は片桐さんに返事をすることも忘れ、汗をかいたシャンパンボトルを手にして厨房を去った。
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