7.長谷川様の異変

 日曜日の午後、田村様がルミエールを再び訪れた。

 前回、彼女と顔を合わせていなかった長谷川様は、妙にそわそわとしていた。


「素敵な人だね」


 微かに聞こえるくらいの小さな声で、長谷川様が私に囁く。


「お綺麗ですよね。長谷川様、くれぐれも御本人の前であからさまな態度を出されませんように……」


 やれやれと思いつつ、田村様に聞こえないように私も囁き返す。


 長谷川様の身に着けている、お洋服や小物は勿論、お部屋に置いてあるオブジェやインテリア雑貨のセレクトなど、彼の審美眼の高さはルミエールに住まう誰しもが知るところである。

 容姿端麗で洗練された雰囲気も持ち合わせている田村様は、彼の審美眼に当然

 かなっているのだろう。


「田村様、再度ルミエールにお越しくださり、ありがとうございます。どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」


 私が挨拶をすると、


「こちらこそよろしくお願いします。年末間近に無理を言ってしまって……」


 と恐縮するように彼女は言った。


 片桐さんと悠馬さんは残念ながらカフェの業務が忙しく、お迎えの挨拶には来られなかった。

 そのことを知った長谷川様と石川様が、こうして一緒に彼女を出迎えてくれたのだ。


「田村さん、こんにちは。またお会いできて嬉しいわ」


 石川様は御自分から田村様に声をかける。


「石川さん、こんにちは。こちらこそ、短い間ですがよろしくお願いいたします」


 田村様は、にこやかに挨拶を返した。

 石川様は先日、田村様に日本での滞在期間を尋ねて、気分を害してしまったのではないかと気に病んでいたが、どうやら杞憂に終わったようだ。


「田村様、こちら御入居者の長谷川様です」


 私は田村様に、初対面の長谷川様を御紹介する。


「は、はじめまして……は、長谷川と申します」


「はじめまして、田村と申します。よろしくお願いいたします。」


 長谷川様は田村様の包み込むような笑顔を向けられて、しどろもどろになっている。

 そんな長谷川様の姿を見て、年上の男性に失礼ながら可愛いと思ってしまった。


「では田村様、お部屋に御案内いたしますね」


 私が田村様のスーツケースを持とうとした瞬間、長谷川様がスッと私達の間に割り込んできて、


「私が運びましょう!」


 と勢いよく言い、スーツケースを持ってくれた。

 その様子に少し驚きながらも田村様がお礼を言うと、長谷川様は少し頬を紅く染めた。


 田村様をお部屋に御案内し終え、長谷川様と一階のエントランスに戻る。

 石川様は何処かに出かけられたのか、そこに姿はなかった。


「翠川さん、田村さんは今晩、夕食は食堂で召し上がるの?」


 ルミエールでは御入居者の方に、お食事も提供しているので、食事が必要かどうかは事前に聞いておく必要がある。


「ええ、その予定です。田村様に確認させて頂きましたので」


「えっと、彼女さえ良ければ、その……同席はできるのかな?」


 と長谷川様は口ごもりながら言う。


「田村様に御了承を頂ければ、御一緒のテーブルにお食事を御用意させて頂きます」


 私がそう言うと、長谷川様は嬉しそうな顔をして、


「そう? じゃあ、石川さんも誘ってみよう」


 と言い、エントランスドアから表に出て行った。

 夕食まで居ても立っても居られないといった感じなのだろうか。


 独身貴族の長谷川様に恋の予感……


 田村様の左手の薬指に指輪はなかったが、結婚していても指輪をつけない女性もいるらしい。

 独身だったとしても、あれだけ素敵な女性を周りが放ってはおかないだろう。


(長谷川様、なるべく傷つかないといいけど……)


 私は彼女と片桐さんの関係を気にかけているくせに、長谷川様のことをお節介にも、そんな風に案じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る