6.彼女の憂鬱さの要因は
「ご、ごめんなさい。そんな無理強いするつもりはなくて」
彼女は眼鏡を外し俯いたまま、ぶんぶんと否定するように首を振る。
私は黙って彼女の手を引き、ソファにゆっくりと腰を降ろさせた。
相変わらず、大学のパンフレットは散乱したままだった。
暫くすると彼女は少し落ち着いたのか、涙を部屋着で拭うと無言でサンドイッチを指さした。
「それ、食べてもいいですか」
私は突然の事で驚きながらも
「もちろんです。良かったらドリンクも」
すっかり常温になってしまった鮮やかな色のスムージーを差し出す。
彼女は涙目のまま、
「美味しい。けど、ぬるい」
と言って少しだけ、はにかんで笑った。
私も自分の分のサンドウィッチをそっと横に座って食べてみる。
彼女はそんな私を受け入れてくれたのか、黙々と一口、一口、大切に味わうように食している。
私も敢えて話しかけずに、片桐さん特製のサンドウィッチを堪能する。
――食事を終えると、彼女が穏やかに話し始めた。
「私、来年、大学受験なんです。これ、そのパンフレット」
散乱したパンフレットを寄せ集めながら手に取り、私に差し出す。
「あ、この近くの双葉美術大学ですよね」
彼女は黙ってこくりと頷く。
「今日、朝早くに電車に乗ってキャンパス見学に行ってきたんです……」
「……そうだったんですね」
私は彼女の気が済むまで話して欲しかったので、敢えて口を挟まずに聴いていた。
「校内を見学していたら在校生の方が何人か居て……絵を描いていたんです。当たり前なんですけど、皆、凄く上手で」
彼女は言葉に詰まりながらも懸命に事が、こちらにも伝わってくる。
「私、地元では高校の美術部で部長をしていたり、県の美術展で入賞したりしていて絵を描くことには自信があったんです」
「……凄いじゃないですか!それで美大受験を」
「は、はい。そうなんですけど……あんなに上手い人ばかり、沢山……」
彼女の言葉がそこで途切れてしまう。
今にも涙が溢れそうだ。
「……自信がなくなって……しまった?」
「…………」
思い切って私がそう尋ねると、彼女は俯きながら小さく頷き、堪えきれず堰を切ったように涙を流した。
私は彼女の艶やかで手入れの行き届いてる美しいストレートの髪を、黙って眺めながら、どう話を切り出すべきか思案していた。
泣き疲れて、放心しているような彼女に思い切って聞いてみる。
「遠藤様、何時ごろから絵を描かれていたんですか?」
「……本格的に書き始めたのは中学生ですけど、小学一年生の時からイラストみたいな物は描いていたって親は言ってます」
「そんなに小さい頃から……今までって10年間位ですよね」
「……そうですね」
「私は小さい頃から飽きっぽくて、何事も続かなくて・・・・・・実は、この仕事も今日が初日なんです」
「えっ?!」
「驚きですよね。本当はこんな事、お話したらオーナーに怒られちゃうかもしれないけど、今も緊張で心臓がバクバクです」
「お姉さん、前は何をされてたんですか?」
「実は、ついこの間まで派遣社員でした。契約終了してしまって・・・・・・」
「えっ! そうだったんですか」
「はい。まさかこんな事になるなんて思いもしませんでした。私がコンシェルジュなんて」
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