4.お客様にお料理を

「なるほど……」


 少しの間、考えを巡らせていたと思しき片桐さんが続ける。


「昼食の件は本当に疲労から休養を優先させたかったのかもしれませんね。」


「はい。ご案内してからもずっと肩で息をされていたから、よっぽど疲れていたんだと思います」


「では夕食時にもう一度お声を掛けてみましょうか。今度は体も休まっているでしょうし……なかには自分で買ったものを気軽に食べたいって方もいらっしゃるでしょうけど」


「そうですね。後でもう一度お声掛けしてみます」


 ――美味しい片桐さんの料理、絶対に食べて頂きたい。


 その後、仕事に戻る為、私はエントランスへ、片桐さんは厨房で今晩の夕食作りに取り掛かることになった。


 遠藤様が到着して約三時間、時刻は17時。

 ルミエールは少人数経営の為、もし入居者様がご自分で食事をされる場合は、食事が不要な旨を事前に報告しなければならない事になっている。

 そのルールを知ってか知らずか、お昼はあっさりと作っておいた昼食を断られてしまった。

 その昼食は無事、その後、叔母さんのお腹の中に収まったのだけれど……


 ――トントン。


 ノックをすると、中から部屋着に着替えた遠藤様が出てきた。


「は、はい。何ですか」


 パステルカラーの部屋着のせいもあってか、先ほどよりも幼く見える。

 相変わらず、大きすぎる眼鏡はかけたままだった。


「あの、お寛ぎのところすみません。本日の夕食なんですが……」


「ああ、付いているんですよね。ここ」


「はい。食堂に18時くらいにはご用意できます。20時くらいまででしたら何時でも結構ですので」


「食べますけど部屋まで運んでは貰えないんですか」


「申し訳ございません。こちらでお出しする食事は全て食堂でお召し上がりくださる様、お願い致します」


 ルミエールは古い洋館を改築しているため、エレベーターが無い。

 その為、お皿の多いメニュー等、配膳を考えると個人の部屋で食べて頂くことは不可能だった。

 また、各部屋のインテリアもアンティークの貴重な物が多く、万が一の事を考えると、軽食以外の食事をするには向かないものだった。

 入居上の規則を説明すると、彼女はまた少し気を悪くしたようだ。


「じゃあ、明日からにします。今日はもういいです」


 そう言うと昼食を誘った時と同様、素早くドアを閉めようとした。

 その時、ふと部屋に広げられたパンフレットの様な物が目に入った。

 私は気づかないふりをして、


「あの、もし宜しければ、明日の朝に食堂でお待ちしてますね」


 それだけ言い残すとドアをそっと閉めた。








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