2.お客様を待ち続けて
結局、彼女は13時を過ぎても現れず、記入のあったスマホの番号に電話を掛けてみることになった。
――プルルル。プルルル……
圏外ではないものの、電話に出ない。
何か事故や事件に巻き込まれてしまったんじゃないかと不安になる。
初日から、こんなのって……どうしよう。
不安ばかりが募る。
私は居ても立っても居られず、彼女の容姿がかろうじて確認できる不鮮明なコピーを手に控え室に向かう。
「叔母さん、私ちょっと駅前に探しに行ってみます」
「ううん。環ちゃんはここに居て。私が行ってみるから」
そこへ、コックコートを脱いだ片桐さんがやって来た。
「私も一緒に行ってみますよ。もう食事は作り置きしましたから」
「そうね、二人なら見つかるかもしれないわ。環ちゃんは、ここで待機ね。何かあったら私のスマホに電話して」
「わかりました」
叔母さんと、片桐さんは上着を羽織り、まだ少し花冷えのする街へと出かけて行った。
ちょうど二人と入れ違うように、逆方向から一人の女性が門に向かって走ってきた。
「……ハァ、ハァ」
私は、ゴールして間もないマラソン選手を迎えるように、急いで彼女に駆け寄る。
「――もしかして、遠藤 菫さんですか?」
「…………」
全力で走って来たのか、息が切れて話せないようだ。
「どうぞ、とりあえずこちらに座ってください」
彼女の大きな荷物を預かり、エントランスにあるソファに座るよう促す。
まだ肌寒いのにトレンチコートが肩まではだけてしまっていて、どれだけ慌ててこちらに来たのかが一目で分かった。
「今、水をお持ちしますね」
「あ、あ、ありがとうございますっ」
彼女は大きな眼鏡のフレームのずれを指先で直しながら、丁寧にお辞儀をする。
私は傍に設置してあるウォーターサーバーで冷水をコップに注ぎ、コンシェルジュのデスクに置いてあるスマートフォンで、叔母さんに『遠藤さん、無事到着』と急いでメールする。
彼女は、まだ肩で息をしながらハンカチで額の汗を拭っていた。
「遠藤 菫さんで、いらっしゃいますよね?」
「は、はい」
「私、ルミエールのコンシェルジュの翠川と申します」
「…………」
腰をかがめて話しかけた私を見上げ、無言で頷いている。
眼鏡ごしに覗くつぶらな瞳が、小動物のようで、なんだか可愛い。
「今日は、こちらまで道に迷われませんでした?」
「あ、あ、あの……時間、すみませんでしたっ」
「いえ、ご無事で安心しました。従業員一同、遠藤様のお越しをお待ちしておりましたので」
彼女はそれからも申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
――とりあえず、無事で良かった。このまま何も起こらなければいいけど。
内心、私は狼狽えていた。
覚悟はしていたけれど、早くも訪れたイレギュラーな展開に嫌な予感がしていたのだ。
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