42章 どうして君は生きているのか?(1)




「どうして君は生きているのか?」


気になるんだ、医者として。

にっこり笑って、あっけらかんと、彼は言う。

蜂蜜のような明るい金のふわふわ頭。ぱっちりと大きなスミレ色の瞳。どこか少女めいた美しい容貌。少年とも青年とも付かぬ年かさの、若木のようにしなやかな身体はしかし、古びた白衣に包まれている。聴診器を首から提げて、ヨレヨレのシャツに毛玉だらけのベストに、あんまり上手に締めれていないネクタイを装着している。


「お前、この私の前で良くもそんな口がきけたものだな……!」

「あっ、ごっめ~ん☆ かるぅい魔族ジョークだから!」


ふわふわの金色の髪からちょこんと覗くは漆黒の角。伝承に聞くコウモリのような羽根は白衣の下にあるのか無いのか不明、同じく伝承によるとあるらしい、先っぽが三角の黒い尻尾も見受けられない。

けれども彼には、人には見られぬ角がある。

確かに魔族であるらしい。

ならば恐らくは見た目通りの年齢ではないのだろう。

けれどその外見は愛らしき少年にしか見えない。

彼は無邪気にふにゃふにゃと笑い、だぼだぼの白衣から指先だけ覗かせながら手の平をひらひらとさせる。

執事を自称する男は秒で青筋を浮かべながら即座に斬りかかるも、きゃははと笑いながら白衣の少年はちょこまか見事に回避している。


「何が魔族ジョークだふざけるな」

「ふざけてないよう。『聖女』フールル・ルルーフだっけ? あはは。人間も面白い事言うよねえ。その『聖女サマ』が一体どういう原理で時間を止めて? なのに普通に生存して? いるのか気になったってだけ。ごく純粋な科学的好奇心って奴だよ!」

「やかましい。疾く滅べ」

「でもフールルの健康状態って気にならない? 執事くん医者じゃないから専門的な事、分からないよね? 心配じゃない? フールルが健康じゃなかったら永遠に病気のままかもなのにさ」

「…………人間の女の医者に診せる」

「人間は女性に知識を与えない方針みたいだよ。料理と掃除と洗濯と裁縫と子育てだけやってろってさ」

「馬鹿なのか。フールル様が病になったらどうするんだ」

「ええ? 私って病気になるのですか?」

「分かりません。分かりませんが可能性はあるかも知れません。何らかの不備が起こり得るかも知れません。私はフールル様の執事として、ありとあらゆる不穏の可能性を潰しておく義務があります。フールル様の医療体制。確かに一考の価値はあるか」

「フールルの医療体制とか、50年ぽっちで死ぬ程度の知識しか蓄えのない人間の、それもフールルをヨコシマな目で見てくるかも知れない男の医者に任せるか、とっても長生きの魔族の医者のボク! だけだよ。ボクはとってもオススメだよ!」

「…………お前はヨコシマな目で見ないのか」

「君なら分かるでしょ? ボクにとってもフールルにとっても、そういう(・・・・)視点においては互いに対象の枠外だ」


魔族の少年はふふんと得意げに笑いながら、己が二本の角を誇示してみせた。ふわふわの金髪にちょっと埋もれてはいるが。


「観念しなよ全能なる牢獄の男。ボク以上の適任はいない」

「ならば了承してやろう半欠けの魔族。不審と見れば我が刃がその両の角を砕くと心得ておけ」

「はぁ~い☆」


軽い返事に凄みあるスミレ色の瞳。たっぷりとした余裕の溢れる満面の笑み。一見無邪気に見せかけているのがまた、小憎たらしい。

執事を名乗る男は苛立たしげに、小柄な子供に見える魔を見下ろしていた。男にとって少年の言い分には一理があった。フールルの永劫なる安寧のためならば、多少の不快は許容すべきと考える。



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