96章-6








「おはようございます」

「おはよう。また目覚めてしまったわ。取り敢えず、今回の名前を教えて貰えるかしら?」

「××です。××・ノースサイドと言います」

「……同じ、名前なのね」

「偶然です」

「そう、なのね」

「そうです」

「…………××」

「はい」



「おはようございます」

「おはよう。……なまえ、教えてくれる?」

「××です。××・シュナウツと言います」

「また……同じ」

「そうなりますね」

「どうして?」

「偶然です」

「……そうは思えない」

「困る事はないでしょう? お好きなのでしょうフールル様、この名前が」

「…………」

「どうか私を呼んで下さい、××と」


一体どういう感情によって彼と同じ名前を名乗っているのか、フールルには分からなかった。彼は××ではない。××になりたい訳でもないだろう。万能にして美麗が過ぎる彼に対し、××は取り立てて優れたところのない、平凡な容姿の、ただの優しい人間だった。


彼は幾度も××と名乗った。

フールルが眠り、目覚める度に、彼は××と呼ばれたがった。


「貴方は××ではないのよ」

「××ですよ。今はそれが正当な私の名前です。貴女が××と呼ぶ男は私なのです」



顔が薄れた。

瞳が思い出せない。

声を、忘れた。

捧げられた言の葉は未だ胸に残っているのに、その切々たる声音がかすれる響きが、どうしてもどうしても、記憶の器からこぼれ落ちていく。残しておけない。留めておけない。

新しい記憶に塗り潰されていく。


彼が××と名乗る事7回。

フールルは名乗りを止めるよう厳命した。

本来ならばそれが出来る立場にないが、執事ごっこをしているつもりの相手は何故か嬉々と受け入れた。


「××とは私になり、そして失われるのです。貴女の命で。貴女は本当に素晴らしい。私の望みをいつも叶えてくれますね」


フールルは彼の名前を呼ぶのを止めた。

ただ白の子と、全ての彼をそう呼んだ。

されど彼はちっとも哀しげではない。


「すべての私を総括する呼称を頂けたのですね。確かに私の仮宿の個別名など長い目で見れば些末事。貴女が他から私を見分けられれば良いだけの事なのですから」



時々考える。

今の彼の名前が何か。

もしかしたら今は違う名前なのかも知れない。

だけれどどうしても、彼の名前を確認できずにいるのだ。







96章 ただ、恋をしただけ    終



           → 42章 どうして君は生きているのか?(1)





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