96章-5
「愛しています」
声が、違った。
背が伸びていた。喉仏がある。
酷く大人びた笑みでフールルを見つめ手を取ってくる。
フールルの手より小さかった手が大きくなっていた。
「愛しています」
声に深みが増していた。
張りの失われつつある肌。時々は焼けていたり、時々は白かったりする色の腕。一体何の仕事をしているのか、包まれる手に伝わってくるペンだこの感触。
茶の髪に、白いものが増え始めていた。
笑む目尻に、深い皺が、できていた。
「愛しています」
嗄れた声。
皺だらけの肌。衰えを示す細くなった腕。
ほとんど白くなった髪。
なれど瞳は変わる事無くただ真っ直ぐにフールルを見る。
「僕の生涯は貴女への恋と共に在った。それがただ幸せで誇らしい」
「僕は生涯をかけて僕の一途を証明して見せました。我が恋が、貴女の永久なる生の一つの彩りとならん事を願います」
「覚えておいて欲しいのです。十にもならない子供の頃から乾涸らびた翁やになるまで、貴女へ恋を捧げた一人の人間のことを」
「この手は貴女のそれより大きく育ち、そして水気なく皺に節くれ、なれど貴女の手は白く美しく瑞々しいまま。僕は貴女の時から流れ去ります。けれど」
「僕は死など厭わない。だが一つ、衰え崩れた容姿に相応なる醜き欲求がある。貴女と共に生きたかった。貴女と共に、死にたかった」
「フールル・フフーフ。僕は貴女を愛しています」
「だけど貴女はその身を捧げて魔王を封印している聖女」
「僕が望めるはずもない」
「だから僕の願いは疾く流れ去るべきものなのです」
「あっという間だったでしょう?」
「僕の恋(生涯)は」
フールル・ルルーフが彼の恋に応えた事は一度も無かった。
彼女は必ず断っていた。
××はいつも静かに否やを受け入れていた。
それでも。
彼は愛を告げる事を止めなかった。
彼は、これ以上の何かを欲さなかった。
そうしてただ切々と、己が恋をフールルに捧げ、その生を終えた。
少女の傍らにて死したる老爺。
その亡骸は丁重に弔われ、広大なる屋敷の庭の片隅にて永久に眠る。今なお恋を、謳っているのだろうか。
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