序3





白の子と呼ばれる黒い男。

彼はいつも、目覚めると居た。

目覚めると必ず最初に、静かな歓喜帯びたる彼の声を聞く。

目覚めると必ず最初に、感激に僅かに潤む彼の目を見る。

百年眠っていようが、幾度も眠りを繰り返そうが、目覚めると必ず最初に彼を見る。


なのに彼は、人間なのだ。


幾たび目覚めても、まるでフールルが眠っていたのはたったの一晩でしか無かったと錯覚させるかの様に、一切の変わりなく彼はフールルの傍に控え続ける。

実際の所、フールルの眠りは100年を超える事は滅多に無い。

白の子と呼ばれる黒い男が人間であるならば、中年期を越えた辺りではないかと考えられる期間しか眠らなかった時であっても、例えば男が20歳だとして、フールルが20年しか眠らなかったとしても、男は変わりなく若き青年の姿でフールルの傍に控えていた。


永き時を生きるフールルに人の固体を見分ける識眼は失われた。されど考えれば直ぐに分かる。別固体であると。


彼の個体名を尋ねていた時代もあった。

けれど20を越えた辺りで覚えきれなくなってしまった。

それでも尋ね続けていたが、それも……止めてしまった。

また、どう見ても別人とは思えなかった。どの個体も容姿は全く同じ、以前の記憶の一切を保持したままなのだ。彼はフールルが眠る前と全く同じ見た目と中身でフールルの傍に控えている。その固体と初対面であっても彼はフールルの好む茶葉が何かを知っていた。前回の話が通じていた。連続した記憶を保有していた。

個体が違えど彼は一切変わらない。

いつも執事めいた衣服を着用し、その必要もそんな立場のものでも無いのに、甲斐甲斐しくフールルに仕え続けている。


彼は目覚めると、いつも居る。

フールルが目覚めた事、フールルと会話が出来た事、それを何より喜んでいる。

少年でも老年でもなく、いつも青年の姿で。

その器は人間だというのに。

何百年も、何百年も。


「貴方は私が眠れば自死する癖に」

「時間の無駄ですからね」


白の子と呼ばれる黒い男は熱心にのたまう。


「私は貴女におはようございますと言う為だけに生まれるのです」


そして就寝のご挨拶が済めば、この肉なぞ必要ない。

フールルはうんざりと受け皿にカップを戻す。


「人生は楽しいものの筈よ。きっと。私に紅茶を淹れる以外にも楽しい事はたくさんあるわ」

「はは。不要ですね」


男は黒い髪をさらりと揺らして微笑んでいる。





                    → 96章 ただ、恋をしただけ



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