序2 









小鳥の囀りと共に囁かれる低い声。


「朝ですよフールル・ルルーフ。どうぞお目覚めください」


聞いた事のあるような、初めて聞くような心地の良い声に誘われてフールル・ルルーフと呼ばれた少女は目を覚ました。

長くたっぷりとした睫毛を震わせ、次第に薄らのぞく瞳は瑞々しき若木のような新緑。丸みを帯びた白い頬に薔薇色の唇。長く伸びたる髪の色は艶やかで、ミルクをたっぷり注いだ紅茶の色をしていた。

しゅるしゅると音を立てて開かれていく視界。

フールルの褥を覆っていた「繭」が解かれて声の主が瞳に映る。

声の主はおよそ人とは思えぬほどの、見目麗しき青年だった。

とろりとした闇を孕む黒耀の瞳。動きやすさの為か短く整えられた髪は朝の陽射しに艶やかに輝く黒絹のよう。小首を傾げた拍子にさらりと揺れる。熱心にフールルを見つめ、歓喜を帯びて笑み崩れる美貌はひどく優しげに見えるが、顔の造作自体は怜悧で酷薄そうだ。

白と黒の、まるで執事のような衣装を纏っているが、似合っているというのに、どこか彼には相応しからぬ衣装に見える。


「白の子」


男にしては白い肌以外に纏う色は黒しかないと言うのに、フールルの口は真逆とも言える言の葉を紡ぐ。

しかしフールルの声に男はこの上なく幸せそうに目を細めた。


「はい。私を覚えて下さっているのですね」

「人間の見分けなんて付かないわ。でも貴方は白の子だわ」

「その通りです。永遠なる私の魔女」

「取り敢えず紅茶を頂戴。それからスプーン一杯の死薬を忘れずに」

「お断りします」


しかし白の子と呼ばれた黒い男は優美な手つきで、予め用意しておいたらしいティーポットに保温術を帯びた湯を注いだ。

フールルはつまらなそうな瞳でそれを見つめるも、ぞんざいな動きで指を揺らめかせて魔力を震わせると、どこからともなく現れたどす黒い液体の入った、やけに可愛らしい意匠の小瓶を手に取った。

男は不愉快そうに片眉を上げると手を止め、小さな少女の手から小瓶を優しく取り上げる。


「どうして私は死んだら駄目なの」

「貴女が死んだら私が哀しいからですよ」

「貴方は解放されるのに?」

「貴女無き自由に一体何の意味があるのか」

「困ったわね。早く治ると良いけれど」


永い時の果てに、彼の気が変わる事を祈るしかない。

だから彼女は眠りという有限の死を選び続ける。





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