フールル・ルルーフ只今魔王?を封印中
炬燵みかん
序
王都より馬車で半日ほど東街道を進むと、風光明媚にして貴族御用達の別荘地であるルルーフ村が見えてくる。
美しい湖となだらかに流るる大河、そのほとりに広がる豊かなる深い森。川向こうに青々と広がる草原と、整然とした黄金なる麦畑が目を楽しませる。
聖女の森とも伝えられる森と神涙湖(ティアードロップ)と名付けられた湖畔との間にルルーフ村は存在している。太古の高度なる建築様式を今に伝える、不可思議な翡翠色をした屋根瓦と純白の煉瓦でできた家々が美しい町並みの村だ。規模の割に表通りは石煉瓦の道で舗装され、国境でも無いのに人口が多いわけでもないのに、たかが村一つに大都市相当の騎士団の駐屯地までもが存在し、村の重要度と歴史を感じさせる。
聖女の威光にあやかり、あるいはお目通りを願って、長期にわたって滞在する貴族のもたらす富は村を豊かにすれど、村民達に不思議と驕りは見受けられない。日々を堅実に慎ましく、そして聖女への感謝を忘れずに暮らしているようだ。
そして深き森の奥にひっそりと佇む屋敷が一つ。
村の名前の由来にもなっているルルーフ邸である。
ルルーフ邸は主要たる王族・貴族所有でもないというのに何故か、王都から直通の道が作られており、街道から直接馬車で向かう事も出来る。別荘地とはいえ片田舎の森の中を、珍しくも石畳できちんと舗装された広い道が続き、その道の左右を都市部でも滅多に見られぬ魔力灯が明るく灯す。魔力灯には同時に強固な魔物避けの魔法もかけられており、それすなわち定期的に人の手が入っている証である。ルルーフ邸の状態を、王国が定期的に伺っている証左でもある。
稀少な鉱石を必要とする魔力灯は元来王族の為に設置される物である。ルルーフ邸を尋ねる王族はおろか、村民すらも滅多に居ないというのに、何故かいつでも王族やそれに近しき高貴なる者が通える様に道は整えられている。まるで国の中枢にある者が足繁く訪れる必要がある場所であるかのように。或いは何かに備えて王都より直ぐさま騎士団を派遣可能にしてあるかのように。
ルルーフ邸には一般的な貴族の屋敷の様な、高い塀も堅牢なる鉄の扉もありはしない。大人の胸の高さ程度に綺麗に整えられた植木が広大なる屋敷を囲んでいるだけだ。物理的には。
ルルーフ邸は常に、屋敷の主の強大なる魔力で以て障壁に覆われており、主の許可無くば一切の来訪を許さぬ万全の警備体制下にある。現代ではここでしか見られない古く高度な維持魔法(キーピング)が編み込まれており、屋敷は1000年を超えてなお、魔法発動時の状態を保ったままでいる。
ルルーフ邸にルルーフを名乗るものは一人しかいない。
フールル・ルルーフ。
古の聖女。始まりの聖女とも呼ばれている少女。
主の恩寵篤き彼女はその稀有なる能力で以て、おぞましき「悪」をこの屋敷に封印し続けている、と伝承は語る。
「悪」をいつしか人は、魔王と呼んだ。
魔王を封じる彼女は聖女だと、人は信じた。
魔王を封ずる疲労の為か、彼女は屋敷を一切出る事無く眠り続ける。
主の祝福かあるいは何かの奇跡の御業か、それとも失伝久しき古き維持魔法(キーピング)の影響なのか、少女の時は縫い止められたままだ。
時々は目覚め、数年ほどで長き眠りに誘われ、それらを幾度も幾度も繰り返し、そうして凡そ1000年以上。
世界はフールル・ルルーフの献身の下、繁栄を続けている。
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