破壊拳vs時間停止

澄岡京樹

破壊拳vs時間停止

破壊拳vs時間停止



 砂煙吹き荒ぶ決闘の荒野。時間や因果関係を完全に無視したそこは、あらゆるしがらみを吹き飛ばし、ただただ純粋に二人の男を出会わせた。


 一人は〈破壊拳〉鮮凪あざなぎアギト。筋骨隆々な寡黙の闘士。齢は30手前。その殺気は素人の目にすら見えてしまうほどの凄まじさである。


 もう一方は〈喫茶店主〉月峰つきみねレイジ。飄々とした中年男性。とはいえその実力は折り紙付きで、かつてある地方都市で行われた謎の儀式を未然に防いだという。


 だが此度の闘争にそのようなバックボーンは関係ない。二人はただ戦い、勝敗を白日の元に晒すのみである。



「じゃ、アギトくん始めようか」

 渋い声でレイジが声を上げ、

「——承知」

 アギトは拳を構えて返答とした。


 ——刹那。刹那である。衝撃が決闘場の中心に生まれ落ちた。それはあたかもビッグバン、生命の始まりであると見紛うほどの衝撃であった。それほどの破壊と創造のエネルギーが中心に殺到したのだ。


 アギトは右拳に殺気を纏い一撃を放つ。可視化された殺気は轟音を伴いながら拳の軌道上にある空間を軋ませつつレイジを貫かんと激進する。直撃すればそれだけで轢殺される、そのような一撃。掠っても当然レイジは無事では済まない。だからこそレイジはアギトの攻撃全てを躱さなければならない。——故に、


「————む」

 アギトの攻撃軌道上からレイジは身を逸らせた。アギトは奇妙に感じた。。空間を軋ませるほどの拳、それは多少の回避行動では歪んだ空間に吸い寄せられ直撃コースに引っ張られる。たとえ逃げおおせたとしても、此度の戦闘環境では完全な安全地帯に到達する位置にさえ行けない。……だというのに、レイジはアギトの攻撃範囲から離れ——いやむしろアギトの懐に飛び込んでいた。


 あり得ざる移動速度。空間の歪みすら物ともしない移動。それはつまりアギトの攻撃動作中に行われているはずがなかった。つまり——


「もらった——」

 アギトの鳩尾目がけてレイジの拳が槍めいた直線移動を開始していた。これこそがレイジの時間停止能力。極致術式アブソリュート凍月いてつき』。

 アギトの破壊拳がどれ程の規模であるか未知数であったため、レイジは即座に凍月を発動していた。つまりアギトの攻撃動作開始より一瞬速く時間を停止して距離を一気に詰め、アギトを一撃で屠るべく動いた。


 ——もっとも、レイジの凍月は移動してからそのまま相手の息の根を止める一撃を放つことさえできる。……だが、アギトの攻撃動作には一切の無駄がなく、レイジが十全に凍月を発動するには時間が足りなかった。本来停止中に攻撃まで仕掛けられるほどの停止時間を誇る凍月だったが、アギトの戦闘センスの前では完全発動は叶わなかったのだ。


 それでもレイジの拳はアギトに迫る。このまま決着がつくかに見えた——その時。


「させん……!」

 アギトの身体中から殺気が放たれた。それはウニの棘が如き刺々しい形で辺り一面に炸裂した。

 棘状の殺気は周囲の地面をズタズタにし、そこに文明があったならば更地になっていたのではないかとさえレイジに想起させた。


 ——そう、レイジは無事だった。レイジの周りには、大量の棘が停止していた。レイジの時間停止は、対象を絞り込むことで停止時間を大きく延ばすことができるのだ。先程の全体時間停止が5秒(全力であれば10秒)なのだが、今行った棘のみの時間停止はこのまま10分ほど持続させることができる。


「このまま決める——ぜ!」

 やはり渋い声でレイジは持続時間内にアギトへ攻撃をかますため奥の手を晒した。

「10秒——!」

 瞬間、10秒の時が経過した。正確には——10

 10秒分レイジが動くための熱量をレイジは一気に消費し、10秒分の移動を済ませ、アギトに、

「15秒……!」

 さらに15秒分の拳の連撃を打ち出した。


「ならば——!」

 アギトもまた奥の手である『空間破壊事象・破界拳』を起動させた。それは空間そのものを破壊するほどの一撃。それをくらえば最後、レイジは意味消滅してしまうだろう。


 そんな時間と空間を吹き飛ばしかねない二つの攻撃がぶつかる刹那。流石に処理が追いつかず、VR空間『決闘の荒野』はエラーを吐いて強制終了した。


 アギトとレイジはやや不満げにVRゴーグルを取り外したのだった。


破壊拳vs時間停止、了。

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破壊拳vs時間停止 澄岡京樹 @TapiokanotC

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