3話:私を好きな人
翌日、約束通り彼女は私の家へやってきた。部屋に入って二人きりになると彼女は話を切り出さず、俯いて黙り込んでしまう。
「うみちゃん?」
「…ごめん、緊張してるんだ」
「緊張?なんで」
「…今から…みぃちゃんの知らない私の話をするから」
どういうことかと首を傾げてしまうと、彼女はふーと深く息を吐いて顔を上げた。そして震える声でこう言う。
「私、女の子が好きなんだ」
「女の子が好き…」
一瞬戸惑ってしまった。空気から冗談ではないと察するが、どういう反応が正解なのか分からず「そうなんだ」としか言えなかった。だけど、告げられたその事実を噛み締めて冷静になると、別に戸惑うことではないなと改めて思う。しかし、冷静になった心は彼女の次の一言ですぐに動揺させられてしまう。
「君が好き」
「君…って…」
「私は、君が…みぃちゃんが好きなんだ」
性別以前に、私と彼女は従姉妹同士だ。親戚だ。彼女が女性だからというよりは親戚だからという動揺の方が大きかった。
しかし、従姉妹同士は結婚できる。いや、出来るけど。出来るけども。
「…びっくりさせちゃってごめんね。…本当は、墓場まで持っていくつもりだったんだ。でも…こんな重たいもの、さっさと捨てたかった。叶わないど分かりきっているならさっさとフラれて、楽になりたかったんだよ」
彼女の涙を見て再び冷静を取り戻す。彼女は本気なんだ。本気で私を好きなんだ。
小さくなっていく身体に伸ばしてしまいそうになる手を引っ込める。抱きしめて慰めてやりたかったが、そんなことしてしまえば彼女を余計に苦しめてしまう気がした。
「うみちゃん…」
言葉が出ない。何を言ってあげたら良いのだろうか。どんな言葉をかけるのが正解なのだろうか。
私は、彼しか見えていなかった。彼女の想いになんて、微塵も気付かなかった。いや、そもそも同性から告白されるなんて想像したこともなかった。うみちゃんの好きな人が私だなんて、考えもしなかった。同性で、従姉妹である以前に、彼女の好きな人は男性だと信じて疑わなかったから。なんなら、まこちゃんのことなのかと疑ってしまったこともあった。最近の彼女はやけに彼に突っかかっていたから。だとしたら、彼と誰かの仲を取り持とうとしているのだろうか。彼女を止めた方が良いのだろうかなんて考えてしまっていた。
同性愛者が存在することは知っていたはずなのに、私は当たり前のように、彼女が異性愛者だと決めつけていた。同性愛者か異性愛者か、はたまたそれ以外かなんてその人に聞かないと分からないのに。
「うみちゃん…私…」
君の想いに気づかなくてごめん?
告白してくれてありがとう?
何が、どんな言葉をかけるのが正解なのだろう。
「私には好きな人が居る。だから君とは付き合えない」
絞り出てきた言葉は、彼女も分かりきっていることだった。
「…うん…知ってるよ…」
同性だから、従姉妹だから。きっと、それだけじゃない。私はきっと…
「私は…まこちゃんが好きなんだ。…きっと、うみちゃんが従姉妹じゃなくても、同性じゃなくても、この想いは変わらなかったと思う」
「…うん。分かってる。告白したのは付き合いたいからじゃないよ。自分の感情に決別したかったから。…付き合ってくれてありがとね、みぃちゃん」
そう言って、彼女は泣きながら力なく笑った。お礼を言わなければならないのはこっちだ。彼女が言ってくれなければ彼女のことを異性愛者だと誤解したままだった。同性愛者か異性愛者か分からない友人達のことも、当たり前のように異性愛者だと決めつけるところだった。いや、既に決めつけてしまっている。私は恋の話をするときに当たり前のように女子の友人には彼氏、男子の友人には彼女という言葉を使っている。好きになる性別は異性とは限らないことを改めて頭に入れなくてはいけないことを、彼女に気付かされた。
「うみちゃん…私を好きになってくれてありがとう」
「…うん」
あれ?ということは、彼女がドロップキックをかましたいと言っていた相手って…
彼女は言っていた。彼女の好きな人—つまり私—と、好きな人の好きな人—私の好きな人—は両片想いだと。つまり…。
「…明日ぐらいに、もう一人の方にもドロップキックかましてくるね」
そう言って彼女はふっと笑ってこう続けた。
「この私がここまでしてやったんだから、もう逃げるなんて許さないから。分かっただろ?君は彼と両想いなんだ。何も心配は要らない。フラれる心配なんてせずに真っ直ぐに想いをぶつけてきなよ」
そして最後に「私の邪な恋心を粉々に砕いてよ」と泣きながら呟いた。
「…分かった。粉々にする。私が必ず君を恋の檻から解放してあげる」
「恋の檻って…キザだなぁ…」
「君に言われたくないよ」
「…はは…。ありがとう…。…じゃあ、もう少しだけ待っててね。近いうちに、彼にも一発蹴り入れてくるから。それが終わるまで待ってて」
「…分かった。…お手柔らかにね?」
「…どうだろう。手加減できる自信ないや」
そう言って笑う彼女は、悪魔のようだった。
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